「安全」を29回も繰り返した首相の真意

金融取引や言論も、反スパイ法の取り締まり対象になった。中国の国民や組織は、スパイ行為を見つけたら当局に通報しなければならない。全人代前の2月下旬、“国家秘密保護法”も改正した。反スパイ法、国家秘密保護法ともに違反対象の定義はあいまいとの見方もある。SNSで「景気の低迷が心配だ」とのつぶやき、外資企業による中国の需要調査なども摘発対象になるかもしれないという。

経済政策を担った政府の高級官僚の権限も、当直轄の組織に移管した。有能な金融政策のプロ集団との評価が高かった、中国人民銀行(中央銀行)は中央金融委員会の管理下においた。歴史的に、為政者が金融政策に強い影響力を及ぼした結果、長期にわたって経済にプラスの効果が増えたケースはあまりないだろう。また、IT先端技術の研究開発強化などは中央科学技術委員会が管轄する。

全人代の政治活動報告の中で、李強首相は“安全”という言葉を29回使った。一連の法令の強化、党傘下の委員会への政策立案権限の収容と合わせると、「党の意向に従うことが中国国民の安全を支える」とも解釈できる。

富裕層も一般市民もどんどん逃げ出している

政府から党へ経済運営などの意思決定権を移し、社会への管理・監視体制しているのは、政治力を高めることが目的とみられる。長期の政権維持の基盤を築くことが重要な目的なのだろう。国防費が前年から7.2%増加したのも、政権基盤を堅固にする一つの手段とも考えられる。党指導部の権力を強化して、政権の価値観を社会心理に強く浸透させる。それは強力な統制の効果といえる。

一方、統制強化から発生する問題は多いはずだ。中国から海外に財産を移したり、移住したりする民間企業の創業経営者など富裕層は増えた。著名女優のファン・ビンビンが当局に拘束されたのは有名な話だ。当局に拘束される民間企業の経営者も増えた。

足許では、一般市民がより自由な環境を求め、海外を目指す傾向もみられるようだ。米国、カナダ、オーストラリア、日本、タイ、欧州などに移り住もうとする人は増えているという。2023年、南米経由で米国への密入国を試み、メキシコとの国境地帯で拘束された中国不法移民は前年の10倍に増えた。