なぜ自らを壊し続け、作り直し続けるのか

ではなぜ、生命はそんなに一生懸命、自分自身を率先して壊し、そして、作り変えているのか。

それは、宇宙の大原則「エントロピー増大の法則」にあらがうためである。エントロピーとは乱雑さのこと。時間の経過とともに、あらゆるものは乱雑さが増える方向に推移する。壮麗なピラミッドは風化し、金属は錆び、熱は拡散し、形あるものは崩れる。日常生活でも、エントロピー増大の法則を体感することができる。整理整頓しておいた机もすぐに書類が散らかってくる。淹れたてのコーヒーもふと気がつくとぬるくなっている。熱烈な恋愛もやがては冷める……。

生命にも絶えずエントロピー増大の矢が突き刺さってくる。

細胞膜は酸化され、タンパク質は変性し、老廃物が蓄積する。この流れと戦う方法がひとつだけある。それは、エントロピー増大の法則に先回りして、自らを率先して分解し、絶えず乱雑さを外部に捨て、その上で作り直すことである。細胞膜もタンパク質もものすごい速度で作り変えられている。

「あらがい」のために食べ続ける

生命が、相反する二つのこと、分解と合成を同時に行っているのはそのためであり、このバランスを私は動的平衡と呼ぶ。つまり、生命だけがエントロピー増大の法則と戦うことができ、戦うことができるものを生命と呼ぶことができる。

福岡伸一、松田美智子『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』(日刊現代)
福岡伸一、松田美智子『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』(日刊現代)

とはいえ、動的平衡による生命のこの努力も、宇宙の大原則を完全に覆すことはできない。徐々に退却を余儀なくされ、すこしずつエントロピーは増大していく。身体の酸化は進行し、変性タンパク質は沈着し、遺伝子にも少しずつ変異が蓄積していく。これが老化である。ついにはエントロピー増大の法則に打ち負かされる。死である。

しかし、最後は負けてしまうことがわかっていても、必死にあらがっているのが生命というものなのである。それゆえにすべてのいのちはけなげで美しい。そして有限であることがいのちを輝かせている。

私たちは、この〈あらがい〉のために食べ続けなくてはならない。そして、正しくあらがうためにこそ、正しく食べなくてはならないのである。

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