日本各地9カ所で巡回展、小中学校などへの「出張美術館」の活動
「古代エジプトは、僕が日々かかわっている世界の経済情勢、日銀の政策、投資家動向などを睨む金融の仕事と全く関係なかったからかもしれません。(精神分析学の創業者であり精神医学者の)ジークムント・フロイトは古代エジプトを含む古代美術のコレクターでもありました。彼は遺物をみることで精神の安定を図っていたそうです。僕にはその気持ちがよくわかります」
また、次のようにも話す。
「古代エジプトの遺物を集めることは、ある意味、発掘と似ているんです。いつ何が出てくるかわからないから。両方とも最大の楽しみは、その背景を調べること。入手した時点で、時代と発掘場所と用途がはっきりわかる場合はほとんどありません」
コレクションが多く集まり出した2000年ごろからは、エジプト学の研究会や、学者が集まる会にも積極的に出席するように。当時35歳。古代ガラス研究者などと交流したのがきっかけで、ガラス工芸学会にも入会。ガラス工芸学会の大会の懇親会ではそれを専門にする東京理科大学の教授と出会い、その縁で理科大に考古遺物を貸し出すなどして関係を構築。すると、「うちに来ないか」と誘われ、1年通ったあとドクターコースに入った。
「一時、もう仕事は引退しようとも思ったんですが、ドクターをやりながら、また仕事に戻り、現在はある証券会社で運用モデルの開発をしています」
勤務は平日の8時から17時まで。退職間近の年齢で、現役プレーヤーなのは稀な存在だ。会社員人生では今が一番忙しいそうで、「自分が開発した運用技法を使ったファンドが売れるとうれしいですね」と笑う。仕事も楽しいし、発掘も楽しい。
そして収入のほとんどを湯水のごとく古代エジプトに投入し、美術館を作ったのは2009年のこと。43歳の時だ。コレクションに励んでいた時、自分がかつて大英博物館で見ていたように、常時見られる場を作りたいという気持ちがふつふつと沸き、「そろそろ自分がそういう場を作る番なのではないか」と思い、作ったという。
美術館は渋谷のど真ん中にありながら、昔も今も土日の午後しか開けていない。中を覗いてみれば、ミイラもいるし、ミイラに被せるミイラマスクもある。ミイラマスクは紀元前1世紀~紀元後1世紀ごろの遥か昔のものだが、そうとは思えないほど色鮮やか。館内はこぢんまりとした空間ながら、工夫が凝らされている。いくつかの部屋に分かれていて、仕掛けなどもあり十分楽しめる。
ただ、ジャンルがマニアックなだけに、来館者は数人のことも珍しくなかったが、徐々に増えて現在は、土日で50~60人ほどの来館者があるという。さらに、西日本新聞主催で、日本各地9カ所で巡回展をしていて、福島県いわきでは約4万人もの来場があったという。次の会場は鳥取県立博物館(4月6日~5月12日)での開催だそうだ。
また、都内の小中学校などへの「出張美術館」の活動もしている。
「子どもたちに見る機会を提供したいんです。そのためにはこちらから出向くのがいいのではないかと思って。これまでに東京の足立区と中野区、大阪の西成区釜ヶ崎のNPOへも出張しました」
「出張美術館(古代エジプト美術館展)」では、菊川さんは先生になる。発掘の様子、エジプトの街の様子など講義をしながら、遺物を見る時間を作る。エジプトの死生観の話もする。ブロンズ粘土を使ってのアミュレット作りもする。コレクションに本物のアミュレットの型があるので、それを複製したものを使って子どもたちはワークショップで糞転がしやベス神を作るという。