大手証券会社でファンドの運用モデルの開発をしながら、全くの畑違いであるエジプト遺跡発掘と遺物のコレクションに人生のすべてを注ぐ58歳。なぜ、全収入を投入するほどこの世界にハマったのか、また専門家でも獲得が困難な現地での発掘権をなぜ得られたのか――。(聞き手・構成=山本貴代)

証券マン、美術館長、エジプト遺跡発掘隊長の“三刀流”人生

「収入は全て注ぎ込んでいます。でも、砂漠に水をかけるように消えちゃうんです」

そう苦笑いするのは会社員の菊川匡さん(58歳)だ。大手証券会社に勤務するが、ただのサラリーマンではない。渋谷のど真ん中の一等地ビル4階にある「古代エジプト美術館」を2009年7月に開館させて以降、館長兼オーナーを務めている。

証券マンと美術館長、という異色の二刀流である。いや、三刀流かもしれない。実は、エジプト遺跡発掘隊の隊長でもあるのだ。いったい、どんな人物なのか。

 
写真=本人提供
メイドゥムのピラミッド墓域で発掘隊を編成して隊長をやっている。2023年3月に大量のミニチュア土器を発見し、未盗掘の墓を見つけ、夏にその墓の発掘を開始

聞けば、父親の仕事の関係で小4~6年までをロンドンの郊外ウィンブルドンで過ごしたという。世界史の教師だった母親と歴史好きの父親の影響で、ヨーロッパでの旅行先は遺跡巡りや博物館、美術館ばかり。学校帰りは、双子の兄弟と大英博物館(入館料無料)へ寄り道。当時から「エジプト部門のミイラに心惹かれていた」という。また、毎年サーカスがやってくる時期には友人が持っていた金属探知機を使って広場で小銭を探して遊んだ。

「サーカスを見に来た人が落とした現代のコインに混ざって、昔のコイン(稀にビクトリア女王のペニー)が出土した時のワクワクした体験は忘れられないです。僕が“地面掘り”を大好きになった原点はこれかもしれませんね(笑)。日本へ帰国する時に、家族でエジプトなどを旅したのですが、ピラミッドやカイロ博物館でツタンカーメンの金の棺をみて深く感動しました」

早稲田大学理工学部から富士銀行(現みずほ銀行)へ入社。4年ほど勤めた後、国債市場の数理的分析とトレーディングの仕事で、ゴールドマンサックスなど3社の外資系の証券会社に勤め経験を積んだ。仕事に追われ、エジプトへ思いを馳せることもなく忙しい日々を送った。