両親の前で食べ続ける元カレ

そんな元カレのBは、私の両親と旅行をしたことがある。国内旅行が好きなうちの家族はしょっちゅうどこかに出かけていて、あるとき、両親が冗談っぽく、「Bも来ればいいのに。おいしいものを一緒に食べられるし」と言い、私が何気なく彼を誘ったことが発端だった。Bは私の両親に会うことを重く受け止めたようで、私の好きなあの眉間にしわを寄せた顔をしながらも、「本当? 俺、絶対行く!」と叫んだ。

Bは旅行の間ずっと私を驚かせた。彼は巧みな話術で母と父の心を捉え(口で勝負するのはどちらかというと彼よりも私のほうだったはずだけど)、いつにも増して腰が軽く、やらなくてもいい雑用までまめまめしくこなした。口調もどこか違っていて、どれだけにこにこしていたことか。お酒も注がれるままに飲み、誰もやれと言っていないのに慣れない一気飲みをしてみたり。

何よりも驚いたのは彼の食べる量だった。食べるのが好きだと知ってはいたけど、こんなに限界を試すほど食べたことはあっただろうか。お腹がいっぱいならもうやめたらといくら言っても、「何で? おいしいから食べてるんだよ」と言いながら食べ続けた。娘ばかり2人を育てた母は「男の子は本当によく食べるわね……」と言いながら(いや、断言するが、私はたいがいの知人男性よりもよく食べる)、どんどん料理を勧めた。

多世代家族の食卓
写真=iStock.com/Rossella De Berti
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「真面目な娘の彼氏」を演じる元カレに失望

酔いが回ったのか、ちょっと風に当たろうと言われて一緒に外に出た。満腹で死にそうだという彼に、それは当然だ、何でそんなに馬鹿みたいに食べたのかと聞くと、私の両親を失望させたくなかったという。失望ゾーンなんてすでに10倍は超えていたけれど……。

彼にとってその日は一世一代の面接であり、これまでに聞きかじったマニュアルどおり気さくにふるまい、出された食事をおいしそうに食べてお酒も飲み、一緒にいると楽しくて真面目な娘の彼氏を演じるために疲れ切っていたのだ。

そして、気分転換しようと外に出てきてその緊張の糸が切れたのか、彼は地面に食べたものを吐いてしまった。のどのところまで酒と食べたものがつまっている状態で、緊張が解けると指を突っ込まなくてもすっきり吐き出すことができた。私は驚いて彼の背中をさするのに必死だった。

悲しかった。隣で私が、「いったいどうしたんだろう」と思いながらも喜んで笑っている間、彼は両親に気に入られようと無理をしていたなんて。そんなふうに気を使わなくても、たとえ両親が彼を気に入らなくても、私は両親がひどいと思っただけだろうし、お父さんが彼とつき合うわけでもないのに、お母さんは彼について何も知らないくせにと責めただろうに。

自分でも気づかないうちに彼を面接会場に連れ出していたみたいな気がした。彼の専門分野でもなく、面接官に対する情報もないそんな不利な場所に。