ただ、夢を描くだけでは何も実現しません。理想を形にする際には、現実にいくつもの困難が待ち構えています。そこで求められるのは、志を貫く強さではないでしょうか。

実際、アークヒルズや六本木ヒルズの開発プロジェクトでは、実にさまざまな困難が立ちふさがりました。再開発には地権者の理解を得る必要がありますが、それぞれの人の事情を一つの方向に揃えていこうとすれば、当然、摩擦が起こります。これはあたりまえのことで、粘り強く再開発のメリットを説くしかありません。

『輝く都市』
フランスの建築家ル・コルビュジエが1946年に刊行。原題は「都市化の思考方法」という意味であり、コルビュジエには他に『輝く都市』という同名の著作もあるが、日本では本書が定着。機能主義的な都市論として20世紀の都市計画に影響を与えた。ル・コルビュジエ著/坂倉準三訳/初版1968年/鹿島出版会刊

新しい街づくりのためには法律を変えないと良くならない部分がたくさんあるのですが、そのために動くと、「利権が欲しいのか」「森は政商じゃないか」と叩きにかかる。それに煽られて住民や行政もそっぽを向いてしまい、また一から積み上げる必要に迫られる……。

正直なところ、「ここで私がやめたといえば、すべて終わりにできるのか」と考えた瞬間もありました。しかし、そのたびに、都市の再生なしに日本の発展もないと信じて踏ん張ってきた。長期にわたるプロジェクトを何とか形にできたのも、街づくりに対しての志を捨てなかったからです。

夢や理想が揺らぎそうになったとき、私を支えてくれたのは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』です。この作品には、日本を守るために強国ロシアと戦った秋山兄弟や、日本の文学界に革命をもたらそうとした正岡子規が描かれています。いずれも無謀と言われたことに挑戦したわけですが、彼らは困難にひるまず立ち向かっていった。その姿に触れて、私もずいぶんと勇気づけられました。都市づくりのビジョン、そして志のベースをつくってくれたのが『輝く都市』だとしたら、それを継続させる力になったのは『坂の上の雲』といってもいいかもしれません。

この作品は、混迷する時代だからこそ、みなさんに手に取ってほしいと思います。状況が変化すれば、それに合わせて微調整する必要はあるでしょう。しかし、志を見失って方向性まで変えてしまっては意味がありません。とくにリーダーはブレてはいけない。自分の信念や理想を貫いてこそ、リーダーたる資格があるのです。

私の志は道半ばです。現在、「垂直の庭園都市」を実現してほしいという引き合いを海外から数多くいただいています。その中には上海環球金融中心(上海ワールドフィナンシャルセンター)のように、すでに完成したプロジェクトもあります。『坂の上の雲』を読んで、いつか自分も欧米に負けないものを世界に発信したいと考えていた私にとって、海外で評価されるのは大変にありがたいことです。

しかしその前に、東京でもっと本格的な都市のグランドデザインを描く必要があると考えています。私は東京を世界に誇る環境共生都市にしたい。理想を実現するためには、またいくつもの困難を乗り越えなくてはいけませんが、諦めるつもりはありません。志を忘れなければ、きっと「坂の上の雲」をつかめるはずです。

※すべて雑誌掲載当時

(小澤啓司=構成 撮影=小原孝博)