カット・アンド・ペーストの始まり――2000年代前半
さて、いよいよ2000年代に入ります。ドラッカーの最晩年となるこの時期、新刊として話題を呼んだのは『ネクスト・ソサエティ――歴史が見たことのない未来がはじまる』(2002、ダイヤモンド社)でした。雑誌記事上でも概して、時代診断者、未来予測者としてのドラッカー観が保持されていたのですが、この頃、このようなドラッカー観にもう1つの傾向が加わることになります。
その傾向というのは、端的には当時刊行されたドラッカーの「編訳書」に表われています。まず、TOPIC-1でも紹介した「はじめて読むドラッカー」シリーズ、つまり自己実現編である『プロフェッショナルの条件』(2000)、マネジメント編『チェンジ・リーダーの条件』(2000)、社会編『イノベーターの条件』(2000)、少し間をおいて技術編『テクノロジストの条件』(2005)という、4冊シリーズの刊行がこの時期ありました。これらは書き下ろしの新著ではなく、それまでのドラッカーの論述が、自己実現等の各テーマに即して精選されたものです。この自己実現というテーマへの「応用」が当時は意外性をもって受け止められたことをTOPIC-1では紹介しました。
他にも当時は、『仕事の哲学』(2003)、『経営の哲学』(2003)、『変革の哲学』(2003)、『歴史の哲学』(2003)という「ドラッカー名言集」シリーズや、ドラッカーの弟子である経営学者ジョセフ・A・マチャレロの編による『ドラッカー 365の金言』(2005)というやはり「名言集」が相次いで刊行されていました(刊行はいずれもダイヤモンド社)。
こうした傾向について、経済コラムニストの喜文康隆さん※は「『著者』と『編集者』の役回りの分離であり、出版におけるマーケティングの台頭」であると分析しています(「経済報道『解読ノート』」『フォーサイト』2003.10)。つまり、著者自身が編集される対象となり、著者自身の手を離れたところでその著述が読者のニーズに即して「カット・アンド・ペースト」「編集」されるようになるという事態が、ドラッカー(や養老孟司さんや岩井克人さん)において始まっていることを批判的に捉え、「こうした流れは、ひとたび転がり出すと不可逆性をもって進む」と指摘しています。ここで指摘された傾向は実際、ドラッカーの死後、そして『もしドラ』以後、ますます加速していくことになります。 ※「喜」=正しくは七が3つ
また、望月護『ドラッカーの実践経営哲学――ビジネスの基本がすべてわかる!』(PHP研究所、2002)、片山又一郎『ドラッカーに学ぶマーケティング入門』(ダイヤモンド社、2004)のようなドラッカーのポイントが整理された「入門書」「要約書」、あるいは別冊宝島『ドラッカー的未来社会――図説これならわかる!』(宝島社、2003)、久恒啓一『図で読み解く!ドラッカー理論』(かんき出版、2004)といった「図解」ものもこの頃登場し始めています。
もちろん、それ以前からドラッカーの解説本がまったくなかったわけではないのですが、「入門」や「図解」という観点から、ドラッカーの「カット・アンド・ペースト」「編集」を行おうとする書籍が相次いで刊行されるような事態はそれ以前には見られなかったことでした。
一方、学術研究の領域では、ドラッカー研究はこの頃下火になってきたように見えます。1980年代から1990年代までは、ドラッカーの経営哲学、組織論、管理論、現代社会論、学説史的理解等、さまざまな観点からの論究が年数件程度のペースで積み重ねられていました。しかし2000年代になるとドラッカーの著述内容についての論究は年に1、2件しか見られなくなってしまいます。
整理しておきます。2000年代前半、つまりドラッカーの最晩年の頃になると、ドラッカーの著作を読者のニーズに即して「カット・アンド・ペースト」「編集」しようといった動向が発生してきました。また、ここ数十年のドラッカー観の基調であった時代診断や未来予測のみならず、自己実現、いわば個々人の日々の仕事術に活用しようという向きも起こってきています。一方でドラッカーの学説を学術的に検討・批判しようとする活動は収束に向かっていました。
今述べた動向のうち、ドラッカーを仕事術の文脈に活用しようとする出版動向は、関連書籍を手がけた人々の独創的なアイデアとばかりは言えないと考えます。というのは、連載の第5回(「心」系ベストセラーを追った回の初回)で述べたように、1990年代後半から、読み手の意識や日々の行動の変革を促す「人もの」タイプの書籍が多く売れるようになってきたという、ビジネス書全体のトレンドの変化――経済書・経営書から自己実現・仕事術へというトレンドの変化、いわば「自己啓発化」――が先行しているからです。
自分自身の意識や行動を変えようという書籍の売れ行きが年々良くなっていくなかで、ドラッカーの著述内容もまた、そうした方向に活用できるのではないかというまなざしが強まっていく。実際、『プロフェッショナルの条件』などがよく売れ、この路線に間違いはないということになる。そして個々人の状況に応じた活用を押し進めるような「名言集」「入門」「要約」「図説」という路線も規定路線となる――。個々の出版事情はともかく、当時のドラッカー関連書籍の動向を俯瞰するとき、2000年代に起こったのはいわば「ドラッカーの自己啓発化」とでも言えるような状況ではないかと考えます。
『ネクスト・ソサエティ-歴史が見たことのない未来がはじまる』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2002年
『プロフェッショナルの条件(はじめて読むドラッカー【自己実現編】)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2000年
『チェンジ・リーダーの条件(はじめて読むドラッカー【マネジメント編】)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2000年
『イノベーターの条件(はじめて読むドラッカー【社会編】)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2000年
『テクノロジストの条件(はじめて読むドラッカー【技術編】)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2005年
『仕事の哲学(ドラッカー名言集)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2003年
『経営の哲学(ドラッカー名言集)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2003年
『変革の哲学(ドラッカー名言集)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2003年
『歴史の哲学(ドラッカー名言集)』
P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社/2003年
『ドラッカー 365の金言』
[編]ジョセフ・A. マチャレロ/ダイヤモンド社/2005年
望月 護/ダイヤモンド社/2002年
『ドラッカーに学ぶマーケティング入門』
片山又一郎/ダイヤモンド社/2004年
『ドラッカー的未来社会-図説これならわかる!』
[編]川井健男/宝島社/2003年
久恒啓一/かんき出版/2004年