TOPIC-1 「ドラッカー観の系譜」への誘い
この連載のお話をいただいたとき、真っ先に思い浮かんだテーマが「ピーター・ドラッカー」でした。もう少し言うと、2010年の大ヒット作である岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社、2009、以後『もしドラ』と表記)以後に起こった「ドラッカー・ブーム」あるいは「もしドラ・ブーム」といえるような状況について考えたいと思ったのです(これまで、人物には基本的に敬称をつけてきましたが、以下、ドラッカー氏については連載のテーマそのものなので、敬称を省略することにします)。
『もしドラ』は尋常ではない売れ方をしました。野球部の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んでチームを立て直す、という「小説仕立てのドラッカー応用論」の体裁をとる同書は、書籍媒体で260万部、電子書籍で15万部と、それぞれ空前のヒットとなりました。同書はそれにとどまらず、ドラッカー『マネジメント【エッセンシャル版】』(ダイヤモンド社、2001年)の100万部突破(現在103万部)をはじめとする、関連書籍の売り上げ増加にも大きな役割を果たしています。
さらに、ドラッカー関連書籍(以下、「国立国会図書館サーチ」における「タイトルもしくはサブタイトルにドラッカーを含む書籍点数」のことを指します)の刊行点数は、2009年が8冊であったのに対して、2010年には34冊、2011年には54冊と、明らかに『もしドラ』のヒット以後に激増しています(2012年10月12日調べ)。つまり、ドラッカー関連書籍の陸続そのものの起点でもあるわけです。
2012年のドラッカー関連書籍の刊行点数が16冊と前年から大きく落ち込んでいることを考えると、また映画やテレビアニメに展開された時期が過ぎたことを考えると、『もしドラ』ブームは既にそのピークを越したといえるのかもしれません。しかし、これまでのどんなビジネス書も引き起こすことができなかった大きなムーブメントの起点たる同書を避けて、今日の――つまりポスト「ゼロ年代」の――自己啓発書について語ることはできないとも考えるのです。
ところが、この『もしドラ』(ドラッカー)ブームについて考えてみようとしたところ、ドラッカー関連書籍では専ら「ドラッカーは何を言っているのか」「ドラッカーをどう活用するか」「ドラッカーがいかにすごいか」ということばかりが扱われ、このブームの現状理解を助けてくれるようなものがほとんどないと分かりました。
経済学者の江上哲さんによる『「もしドラ」現象を読む』(海鳥社、2012)など皆無ではないのですが、書籍メディアのみからブームの現状を考えることは困難であると思い、今回はこれまでと少しアプローチを変えてみることにしました。
もう少し具体的に述べます。書籍よりもフットワークが軽く、ブームの現状を含めたさまざまなドラッカー(もしドラ)評をより多く観察できると期待できる「雑誌メディア」を素材として、近年の「ドラッカー(もしドラ)・ブーム」について考えてみること。これが今回のアプローチかつテーマです。
今回のアプローチの特徴はもう一つ、時系列を追うことです。つまり、そもそもいつから「ドラッカーはすごい!」と言われるようになったのか。日本におけるドラッカーのイメージや論じられ方はどのように変わってきたのか。『もしドラ』は一体何が新しく、またそれ以前のドラッカー観の何を引き継いでいるのか。こうしたことを考えていきながら、「ドラッカー観の系譜」を追跡しようというわけです。