TOPIC-4 「ラストチャンス」としての30代
今回は30代論について見ていくことにします。まず考えたいのは、30代がどのような時期とみなされているのかについてです。TOPIC-2において、20代とは無限の可能性を有するとされる一方で、将来の分かれ目となる「分岐点」ともされていることを紹介しましたが、30代も同様に分かれ目だと論じられています。ただ、その意味合いは20代と大きく異なっています。30代論で多く見られるのは次のような言及です。
「30代は、自分の才能を発見する最後のチャンス」(本田30、168p)
「あなたが理想とする人生を手にするためには、30代が最後のチャンスなのです」(井上30、4p)
そう、「最後のチャンス」という物言いがしばしば見られるのです。20代はいきなり分岐点で、30代は早くもラストチャンスであるわけです。では、何においてラストチャンスなのでしょうか。本田健さんや井上裕之さんがとる立場については、本田さんの次のような言及が象徴しているように思われます。
「自分はいったい、何をやりたいのか? そのことを見極めることです。(中略)20代のダイナミックな自分探しではなくて、30代は、ある意味メンタルな、自分の内面と向き合いながらの自分探しになります」(本田30、82p)
どのように生きたいのか、どのような自分になりたいのか、等々。30代は、こうした「自分探し」を行う最後の時期だというのが本田さんや井上さんの主張だといえます。しかし、千田琢哉さんや大塚寿さん、川北義則さんのような、仕事に軸足を置くタイプの30代論では、同様に30代が「ラストチャンス」だと言われるものの、その意味合いは大きく異なっています。たとえば大塚さんは、本田さんが述べるような内面的な「自分探し」をはっきりと否定します。
「自分のテーマは、『自分の外』にあるといえます。考えているより、まずは行動する。行動してはじめて『正しく』考えることができるのです。他者と深く触れ合ったり、社会や組織と関わることで逆に自分が見えてくる。そうした『自分』こそが、世の中で生きていくテーマにつながるのです」(大塚30、44p)
大塚さんや千田さんにとっては、30代において「自分探し」はもう済んだ問題となっています。20代でさまざまな可能性を試した後、30代では成果を上げることに軸足を移し始め、ビジネスマンとしてのステップを上っていくこと。その中で自ずと「自分」は見つかるだろう、というのです。自分にどのような適性があるのか、どのような能力を高めればよいのか、どのように行動すればよいのかという、ビジネスマンとしての「自分探し」は20代で済ませておくべきことであり、30代は勝負を始めるときだというわけです。そのため、大塚さんや千田さんにとっての「ラストチャンス」とは、次のような意味で考えられることになります。
「30代で後天的な能力を磨きあげなかった人は、もうこれからの人生において永遠に輝くことはない」(千田30、181p)
「下積みの20代を終え表舞台に立った30代は、横一線に並んで駆け出すレースが始まります。自分の実力で成果を出していくので、本当の実力を身につけていないと、すぐに差が生まれます」(大塚30、21p)
仕事上の能力開発のラストチャンス、それが30代だというわけです。20代論では、無限の可能性がある、色々なことをやってみよう、色々と種をまいてみようといった「自分探し」が各著作で奨励されていました。しかし30代論になると、「自分探し」はある著作では既に終焉したものとされ、他の著作では今が「自分探し」のラストチャンスだと励まされています。いずれにせよ30代で「自分探し」の時期は終わりということなのかもしれませんが、20代論には見られなかった大きなライフコース展望の裂け目のようなものが各著作の間で生まれ始めているのです。