子供の自殺未遂に母親は「何カッコつけてんの?」

それから数回の面接を経て、彼女は日常的に自傷行為をしていると話すようになりました。実際に傷を見せてくれましたが、手首から肘のあたりにかけて等間隔に刻まれていて「苦しいときにやると、気が紛れる」と言います。

初めて死のうと思ったのは小学校4年生の時だった、学校の階段から飛び降りたが高さが足りなくて死ねなかった、不自然なけがの仕方を不審に思った養護教諭から事情を聞かれたが、本当のことを話したくはなかった。

しつこく詮索されたので親には言わないと約束してもらって、死のうとしたことを話した。だが、親に連絡されてしまった。学校へ迎えに来た母親には「何をカッコつけてんの?」「テレビを見てる途中だったんだけど」と帰宅途中に言われた。以来、何があっても、親にもそれ以外の人にも、自分のことは話さないと心に決めた……。

彼女は、そんなことをポツリポツリと話していました。

この親子関係の違和感の正体は「心理的虐待」に違いありませんでした。児童虐待の一種ですが、目には見えず、周囲も本人も気づかない、とても厄介な種類です。

被虐待児は「自己表現能力」が育たない

虐待を受けてきた子は愛着の問題を抱えて生きていくことになります。「愛着行動」が抑制されてしまうのです。たとえば、困った時に「すみません、手伝ってください!」と言えない、不服がある時に「その言い方は、ひどいと思います!」と訴えられないなど、自分を表明する力に大きなブレーキがかかってしまい、自己主張できないのです。

ある虐待を受けてきた子が私に「私には自分がない」と話しました。どのようなことなのかを質問すると、次のように説明してくれました。

「いつもキャラを偽んなきゃいけないのが疲れる。どれが本当の自分なのかもわからない。別に学校が嫌だとか、苦手な友達がいるとかじゃないんです。ただ、明日が来るのが嫌っていうか」

自己主張が育たなかったので、人に対して迎合するだけになってしまうのです。そんな日々は、緊張の連続で終わりのない疲労感が来る日も来る日もやってくるようなものでしょう。