人間の感覚で最も重要とされる視力。その視力を、事故や病気などで失う人は大勢いる。もしその力を、テクノロジーの力で取り戻せたら――。
アメリカ・ミズーリ州に住むシェリー・ロバートソンは、19歳のときに交通事故にあい、両目を摘出する大けがを負った。それから15年たった2004年、彼女は光を取り戻すため、大きな賭けに出た。失った眼球に代わる新しい人工の「眼」を、体に埋め込む実験に志願したのだ。
失われた視覚を補う「人工眼」には、いくつかの種類がある。眼球の中に電極を埋め込んで、網膜を電気で刺激するもの、眼と脳をつなぐ視神経を刺激するもの、脳の視覚をつかさどる部分(視覚野)を刺激するもの、などなど。シェリーが実験に参加したのは、脳を刺激するタイプの人工眼だった。
システム全体は、サングラスに取りつける超小型のカメラ、腰のポーチに入れるコンピュータ、そして数百個の電極を配置したプレートからなる。まずは外科手術で、大脳の後頭葉にある視覚野の皮質の上に、電極を配置したプレートを左右1枚ずつ置く。さらに、それぞれのプレートにコンピュータからの信号線をつなぐためのソケットを、耳の後ろに設置する。
カメラがとらえた映像は、コンピュータで電気信号に変換され、ソケットから電極板へと送られる。視野の中でどこが光っているかという脳の感覚と、実際の光の位置が一致するようにコンピュータを調整したあと、シェリーは装置を身につけて家の外へ出た。
太陽が降り注ぐ海辺に立ったシェリーは、装置のスイッチを入れ、サングラスのカメラを覆っていた左手を恐る恐るずらした。シェリーの口から、思わず声がもれた。
「すごい……明るいわ!」
このときは初期の調整段階だったため、数百個ある電極のうちのわずか10個しか使用していなかった。それでもシェリーは、大きく輝く2つの光の点を、15年ぶりに「見る」ことができた。今後残りの電極も使えるようになれば、よりはっきりとした視覚を取り戻すことができるかもしれない。
通常のカメラの代わりに赤外線やX線をとらえられるカメラを装着すれば、暗視カメラやレントゲンの働きをする「眼」を持つことも、理屈のうえでは可能だ。人工眼の研究は、日本を含む世界各国で、今も進められている。