いつ誰に見られるかわからない状況で9歳差の恋に燃えた

ドラマの中の純粋でオタクで真っすぐな愛助とは違い、エイスケは遊び慣れたお坊ちゃんという印象だ。しかし、笠置もまた、こうした秘密の恋に夢中だったようで、自伝では戦中の思い出としてこう記している。

「胸のうちに情炎をたぎらせながら、いつも何処かの家で人を憚りながら逢う瀬を楽しんでいたのですから切ないものでしたがそれだけにまたお互いに緊張して、ピリピリするような神経で二人の愛情がスレ合っていたので深味はあったかも知れません」(『歌う自画像:私のブギウギ傳記』)

さて、二人の恋が盛り上がる中、ドラマの中でも終戦後、娯楽産業が動き始める。

劇場が再開することになり、久しぶりの公演に向けて、楽団員たちは曲順を話し合う。一曲目はもちろん戦争中には歌えなかったスズ子の出世曲「ラッパと娘」だ。しかし、スズ子は本番に向けて、不安を抱えていた。一方、同じ公演に立つりつ子も慰問先での出来事が忘れられず、心に傷を負っていた。そんな中、公演当日、スズ子の楽屋をりつ子が訪ねる。

ライバル歌手の淡谷のり子にも戦中のドラマがあった

りつ子は特攻隊員たちに言われた「晴れ晴れと逝けます」「思い残すことはありません」の声が耳から離れないと語る。自分の歌に背中を押されて彼らが死んで行ったかもしれないことへの悔しさとともに、りつ子は怒りをぶちまける。

「歌は人を生かすために歌うもんでしょう。戦争なんてクソ食らえよ!」

すると、りつ子の言葉によって、不安や迷いを断ち切ることができたスズ子は強い思いを口にする。

「ほんなら、これからはワテらの歌で生かさな。今がどん底やったら、後は良くなるだけですもんね」「うまくやれるかやなんて、いったん置くわ。ワテは好きに歌う。そんで、お客さん全員片っ端から元気にしたる!」

その言葉はまた、りつ子の背中を押し、りつ子はステージへ。特攻隊員たちのリクエストで歌った、かつて彼らを死地に送ってしまったかもしれない「別れのブルース」を、今度は人々を生かすために思いを込めて歌う。

「淡谷のり子の世界『別れのブルース』」℗ Nippon Columbia Co., Ltd./NIPPONOPHONE

ちなみに、特攻隊の慰問のシーンは、史実と少々異なる。ドラマでは特攻隊員たちが口々に戦地へ向かう覚悟を口にしていたが、「徹子の部屋~戦後60年、終戦記念日特番~」(テレビ朝日、2022年8月15日放送)に出演した際、淡谷のり子が当時を語った様子は、こうだ。