秘密の花園なんてない!

楠木 それは戦略の世界でもまったく同じで、どこかに誰も知らない秘密の花園があるはずだと誤解している人がいるんです。滅多なことじゃわからないし、なかなか手に入らないのだけれども、きっとどこかにあって、それを手に入れれば、もうウハウハ。

 こういうのを僕は「飛び道具思考」と呼んでいるのですが、どこかにある「飛び道具」なり「必殺技」を誰が手にするかを競うという発想自体が根本から間違ってると思うんですよ。どう考えても、競争や戦略に飛び道具なんてないわけで。

広木 ないです。

マネックス証券
チーフ・ストラテジスト
広木隆

1963年東京生まれ。上智大学外国語学部卒業。1987年、大和証券に入社。その後、ファンドマネジャーに転身。富士投信投資顧問、フィデリティ投信、JPモルガン・アセットマネジメントなど、国内系、外資系の資産運用会社において、運用や商品の組成に20年以上携わったほか自らヘッジファンドを立ち上げ運用した経験も有する。2010年より現職。著書に『ストラテジストにさよならを』(ゲーテビジネス新書)がある。マネックス証券のサイト(http://www.monex.co.jp)にて、最新ストラテジーレポートを閲覧可能。©Takaharu Shibuya

楠木 ですよね。どんな市場においても飛び道具があったら、最終的にはみんながそれを手に入れるので、差異がなくなってしまうわけです。

広木 はい。たとえばトレーダーが月曜日に株が上がるというパターンを発見したとしても、そんなパターンは、時間差で誰でも気がつくから、先回りして金曜日に株を買ってやろうという人ばかりになって、金曜日の株価が高くなってしまう。そうすると月曜日にとれるはずの利益が減っていくというのは、相場の世界では有名な話ですね。

つまり、誰もが気づかない秘密みたいなものはないし、重要な情報というものが、そこら辺に転がっていることもありえない。株式投資の場合ほんとうに重要な情報というのは、革新的な技術を開発したとか、これまでとはまったく違うタイプの新社長が就任するとか、端的に利益が倍増するとか、そういう話です。つまりインサイダー情報です。こうした情報は、いわゆるフェア・ディスクロージャーといって、公開するときには、みんなに公平に受け取られるように開示するわけです。だから、あっという間にマーケットに広まるので、儲けは出せない。

楠木 もともとそんなものはないわけですが、昔に比べて今のほうがさらに飛び道具思考はダメになってきている。株式の世界でも、いまより少しインサイダー情報みたいなのがユルい時代もあったと思うんです。100年前とかね。情報の流通のコストがものすごく安くなっているので、企業間の競争戦略の世界でも同じことがいえると思います。

広木 そうですね。

楠木 そういう時代に、戦略の専門家としてどうなんだ、と言われても、「商売も戦略もつまるところスキルじゃなくてセンスなので」としか言いようがない。理屈とか理論だとかを越えたところで勝負が決まるわけであって、とっておきの戦略がどこかにあるわけではないし、決められたトレーニングで身につくものでもない。まさに身も蓋もない話ですね。ただそうはいっても、「センスのよさ」とはどんなものか、その基準は示せると思うんですよ。それをストーリーという切り口で考えてみたいというのが僕の仕事なんです。

僕はセンスというのは、他動詞じゃなくて、自動詞だと思うんですよ。育てることはできなくても、自分でセンスのいい人に育つことは可能だと。ただそのためには、「センスがあるってこういうことだよな」と自分なりに基準を持っていないと始まらない。たとえば「こうすればモテる」と誰かが言っているノウハウを全部身につけるよりも、「モテるってこういうことかな」という何らかの基準をもつほうがずっと役に立つ。「優れた戦略」の基準をお示しすることが僕が仕事できることなのかなというふうに思っています。広木さんはその辺、いかがですか?

広木 私がお客さまからクレームをいただくときに、必ず最後に言われる言葉があるんです。「あなたの存在意義は何ですか。もう一度、自分で自分の仕事の意義を問い直してみたら、いかがですか」と。こんなすごいことを本当にお書きになられるということは、よっぽどお怒りなんだと思うんです。まあ、言われなくてもいつも考えてはいるので、このようにお答えします。ストラテジストの仕事というのは、誰も知らない秘密の花園、株式相場流に言えば、早耳情報をお届けするものではありませんと。

いまは情報取得の早さが金儲けの決め手になる時代でもないですし、情報の内容で差別化できる時代でもないんです。さきほども言いましたが、重要な情報はインサイダー(取引での違反)にならないよう管理されていますから。じゃあ何が差別化になるのかといえば、情報の解釈の仕方です。情報はみんなに均一に行きわたるわけですが、それをマーケットがどう解釈しているかというのを示唆するのがストラテジストの付加価値なのかなあというふうに考えています。