今回、次回と2回続けて、本連載著者の楠木建教授が、連載でもとりあげた『ストラテジストにさよならを』の著者、広木隆氏と六本木アカデミーヒルズにて行った特別対談を掲載いたします。2人が意気投合したきっかけとは……。

クレームがたくさんくる!

楠木 今回広木さんと対談させていただくことになったそもそものきっかけは、僕が広木さんのお書きになった『ストラテジストにさよならを』を読んで、自分と考えていることが似ているなと思ったことです。広木さんの専門分野は株式市場での投資戦略。僕の研究分野は製品やサービスにおける競争戦略。分野はちょっと違うけれども、基本的に戦略というものについて考えていることの根っこの部分が近いと思ったんです。非常におもしろく本を拝読して、僕がプレジデントオンラインでやっている「戦略読書日記」第16回(>>記事はこちら)で紹介しました。

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科 教授
楠木建

1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)などがある。現在、プレジデントオンラインにて、『楠木建の「戦略読書日記」』を連載中。©Takaharu Shibuya

広木 それをまた僕がレポートで引用したという……。僕が所属しているマネックス証券が実施したあるオンラインセミナーでアンケートをとったところ、「大変参考になった」という人の割合が20%を切っていたんです。これははっきりいってダントツに悪い数字。何がいけないのかはわかっていました。投資家の方は理屈を聞かされても面白くないのです。株式市場についての私のスタンスは、「実際の相場は理屈ではない」というものだから、いろんな話をしても結論はいつも「相場は理論的には予想できません」という身も蓋もない話になってします。そんな話を聞かされても面白くないのは当たり前です。

楠木 で、クレームもたくさんくると。

広木 増えましたね。楠木先生が連載の1回目でご著書『ストーリーとしての競争戦略』に寄せられる意見にあまり肯定的なものがない、と書かれていたのを読んで、あれほどのベストセラーでもそういうものなのかと逆に勇気をいただきました。それで、以下の部分を僕のレポートに引用させていただいたのです。

《メールや手紙で僕のところに直接届く反応はネガティブな声、ありていに言って「金返せ!」という怒りの声が圧倒的に多い。わざわざ長文を書いて送ってくださるということは、相当にお怒りだということだろう。人間は怒ったときのほうがエネルギーを発生するようだ》

まるで僕の話かと思いましたよ。

楠木 広木さんも僕も「それを言っちゃあおしまいよ」という話がわりと多い。当然、「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」という批判が来る。クレームにはどんなふうに対応しておられるんですか。

広木 ストラテジストといっても基本的には客商売だと思っています。客商売の基本は、笑顔と礼儀正しい挨拶。お客さまは神さまだから、ひたすら耐えます。決してお客さまに言い返すなんていうことはあっちゃいけないと。まあでも、気がついたら言い返していますね。

楠木 どんなふうに言い返すんですか?

広木 たとえば僕がレポートに「こういう理由で、こういう銘柄を買ったらいいのではないか」と書いたところ、「そんな日経新聞に書いてあるような材料で、素人でも思いつくような銘柄を出してくるな」というお叱りを受けたんです。要は、そんな情報にはバリューがないといってお怒りになられたんですね。でも僕のレポートって、インターネットで公開していて、誰でもウェブ上で読めるんですよ。だから、そんなところにお宝情報があると思うほうがおかしいんじゃないですか、みたいな反論をしましたね。

楠木 なるほど。

広木 これでも百歩譲って申し上げているんです。ほんとに価値のある情報が仮にあるとして、そんなものがネット上に転がっていると思うほうがおかしいと。でももっと身も蓋もないことをいえば、そんな価値のある情報なんてそもそもないんですよ。