諸葛孔明のような智将はいない

三国志演義』の諸葛孔明みたいに、何手も先を読みながら詰め将棋さながらに相手を追い詰めていくような手法は、実は近年の中国はあまりやらない。というか、(演義の)孔明が没後1800年経った日本ですら有名なのって、ああいう人は珍しいからですよ。中国人が孔明みたいな戦略を考える智将ばっかりだったら、本家の孔明は希少価値がなくなって、あんなに有名ではなくなってます。

強国・中国のインテリジェンスや浸透工作、情報戦、といった言葉からは、私たちはつい『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』の敏腕エージェント・黄昏たそがれような、プロフェッショナルな工作員のスマートな工作や、敵を欺く用意周到な謀略といったものを想像しがちです。ただ、それはあくまでフィクションの世界のお話。現実ははるかに粗雑で場当たり的なんです。すくなくとも、現代の習近平中国については。

やっていることは“闇バイト”と変わらない

――ドイツ・ケルンでは現地の中華料理レストランが「海外派出所」を兼ねていて、そこから指示を受けた工作員の男が、反体制派の中国人記者・蘇雨桐スーユィトンを恫喝していました。

恫喝の手法は、合成ポルノ写真をネット上にばら撒いたり、ターゲットの名義で世界各地の高級ホテルを勝手に予約して「部屋に爆弾を仕掛けた」と虚偽のテロ通報を行ったり。明らかに威力業務妨害などに該当する行為です。

ただ、その手法は民間人のゴロツキやストーカーとあまり変わらない。理由は工作員の人材の質が極めて低いためです。困窮した中国人や難民(つまり民間人)を、海外派出所が買収し、鉄砲玉として使っている。すくなくとも一部について、中国の工作員たちは、日本の「闇バイト」に応じて安価な報酬と引き換えに犯罪をおこなうような人々と似た層だとも言えます。

自分の名義で勝手にホテルを予約されていた
提供=安田峰俊
中国の工作員により、自分の名義で勝手にホテルを予約されていた。こちらは記事中に登場する蘇雨桐が実際に受けた被害。

中国の諜報機関とつながる「官製闇バイト」は、中国国内の倫理で言えば極めて「愛国的」な行為であるため、日本の闇バイトより罪悪感は薄いのかもしれません。オランダで民主活動家に殺害予告をおこなった中国人の大学院生(留学生)は、逮捕時に「オレは罪を犯していない」「中国人が中国人を罰して何が悪い」と叫んでいたそうで。

近年の中国国内で盛んな愛国プロパガンダを無批判に信じちゃった若者は、大学院レベルの教育を受けていてもそういう価値観なんですよ。