「海外派出所=スパイ拠点」ではなかった
――2023年は中国が世界各地に設置した「海外派出所」も注目され、日本や欧米の国々は警戒感を強めています。ただ、本書に書かれている取材結果を見ると、「海外派出所」はかなり杜撰で統一感のない動きをしているようで、驚きました。
「海外派出所」はウィーン条約に明確に違反しているのですが、もともと中国側は、さしたる悪気もなく自国民の利便性向上のために設置を始めていたようです。中国の地方の公安局が、海外にある中国人の同郷会組織(日本でいう「県人会」)などに呼びかけ、「海外派出所」の設立を進めたようです。
彼らはウェブサイトで各国の「海外派出所」の場所やサービス内容を積極的に公開しており、情報を秘匿するような気配はまったくありませんでした。実際、コロナ禍での免許更新や中国人同士の間で発生したトラブルの解決など、故郷の警察組織が海外の各都市に存在することで役に立つことは多い──。と、真偽の程は不明ですが、中国側ではそのようなアピールもなされています。
こうしていつの間にか、各国に中国の警察組織の出先機関が生まれたわけですが、やがて彼らは、これはインテリジェンス(諜報活動)にも使えるということに気づいたわけですね。全世界の華僑華人がいる街に、地方の公安局が大した戦略もなく場当たり的に海外派出所を作っていったら、いつのまにか全世界をカバーする中国警察のネットワークができあがっていたので(笑)。
ビジネスと同じく「場当たり的で臨機応変」
――始めから綿密な計画があったわけではない、ということですか?
そうなんです。海外派出所に限らず、「戦狼中国」の工作の全体を通して言えることですが、彼らの政策は往々にして極めて場当たり的で、臨機応変に進展していきます。
たとえばビジネスでも、起業時点でグランドデザインを描いてその実現のために効率的に動いて……みたいなことは、中国人の商売ではあまり多くありません。最初はとにかく食べるために中華料理店をはじめたら、成功したので雑貨店もやる、キャッシュが増えたので民泊と不動産投資をはじめる、ついでに投資してIT企業を作る……みたいな、行き当たりばったりで「イケる」と思った場所に手を伸ばしてく。彼らはインテリジェンスの世界でも同じことをやっているんです。
――中国というと漠然と恐ろしいイメージを持つ人も多いと思いますが、実態はかなり間の抜けた部分があるということでしょうか?
もちろん、間の抜けた部分があるからといって、中国を警戒しなくて良いということにはなりません。ただ、しばしばメディアなどで喧伝される「したたかな中国」といった言葉から連想されるものとは、実態は大きく異なる。なので、対策も異なるはずなんです。