嫁に甘える義家族たち

義父の遺産はほとんどなかった。最終的には義弟、義妹は相続を放棄した。

「それでも夫は、『土地をもらったんだから義弟妹に100万円くらいずつ渡さないといけない』と言うので、『それなら義母の介護を手伝ってよ!』と思いました。義両親は、義妹がマンションを買うときにほとんど出してあげているのに……。私には関係のない話なので、夫がどうするつもりかはわかりません。特別寄与料制度(※)については知っていました。夫に話をしてみましたが無理でした。もしも特別寄与料をもらったら、後々義家族たちから文句を言われるのが目に見えています」

※相続人ではない被相続人の親族が被相続人の療養看護などの貢献をした場合、その後見に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求できる制度。相続法の改正によって2019年7月に導入。

現在要介護3になった義母は、時々七瀬さんの悪口を義妹に吹き込んでいるらしく、七瀬さんはたびたび義妹から電話で責められていた。魚や肉が嫌いな義母のために、七瀬さんはタンパク質を摂らせようと、卵や大豆製品を使った料理を工夫して出していた。それなのに先月義妹から、「自分たちばかりおいしいもの食べてないで、おばあちゃんにも食べさせてあげなさいよ。かわいそうでしょう」と言われた。

おしゃれなオープンサンド
写真=iStock.com/MmeEmil
※写真はイメージです

七瀬さんは義母が食べられるもので工夫していることを話したが、義妹は全く信じてくれない。カチンと来た七瀬さんは、「じゃあ義妹さんが何かおいしいものを作って送ってください。お義母さんも嫁より娘の料理を食べたいでしょうから。あっ、それよりお義母さんをそちらに連れて行ったほうがいいか!」と言ったところ、義妹は激怒。

そこで七瀬さんは、「親をみるのは実子の責任ですよね。私には相続権はないのですよ」と言うと、「えっ? お金が欲しいの? 浅ましいね。お金をもらわないと面倒みないの? ひどいねー! おばあちゃんかわいそう。考えが最低だね」と言った。七瀬さんは、「自分は義父からほとんどのお金を奪ったくせに。よく言うわと思います」と憤慨する。

筆者はこれまで100人近くの介護者を取材してきたが、七瀬さんの介護能力は高いと感じる。たった1人で義祖母と義両親、3人の介護ができたのは、ひとえに七瀬さんが優秀だからだろう。それなのに、義家族たちは誰ひとりとしてねぎらいも感謝もない。

おそらく看護師をしていた頃は、その能力が評価されて管理職にまで上り詰めたのだろう。

「正直何度も離婚して三男(養子)と暮らしたほうが楽だと思いました。でも三男(養子、現在11歳)が『お父さんも一緒がいい』と言うので、今は我慢しています」

これまで義実家の人々とさまざまな衝突がありながらも、献身的な姿勢を崩さなかった七瀬さんだが、最近、あろうことか信頼していた夫までも“敵”になりはじめている。“モラハラ夫”化が進んでいるというのだ。

先日、七瀬さんが養子の習い事のために午前中不在にし、13時半ごろ帰ってきたところ、義母と夫がそろって「昼ご飯食べてない」と、早く食事を作れと言わんばかり。七瀬さんはあらかじめ夫に、「義母のお昼も頼むね。冷蔵庫にあるもので何か作って食べてね」と伝えておいたはずだった。

「長女と次男が家にいた頃は、2人とも家事を手伝ってくれました。唯一残っている長男は、現在も時間があるときは手伝ってくれます。でも夫は知らんぷり。私が体調を崩し、病院に行きたいと思っていたことがありましたが、夫に『お前は肝心なときに体調を崩す』と言われ、結局行けませんでした。義父が亡くなってからは義母のわがままが加速しています。正直、義母の介護なんてしたくありません。施設に行ってほしいです」

相談相手はケアマネジャーと長女、そして70代後半の両親だという。長女は「ひどいね」と言って話を聞いてくれるほか、「後少し頑張れば年寄りは死ぬんじゃない?」と励ましてくれる。実家の父親は、「自分も同じように年を取るのだから頑張って見てやれば後悔しないんじゃないか」と言い、母親は「いつでも帰ってきていいよ」と言ってくれている。

旦木瑞穂『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)
旦木瑞穂『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)

「いまだにこんなに古い考えの一族は珍しいと思います。息抜きができる環境だといいのですが、私1人に負担が集まるのでなかなか難しいです。義祖母が施設に入ってくれて少し楽になりましたが、義両親のダブル介護の時は、『2人とも早く死んでほしい』と思いました。まず、夫が無関心。私がこれだけやってもまるでひとごと。これが一番の問題です。手伝ってとか手を貸してとか言われれば快く手伝いますが、全部やれ! は無理です。しかも義家族からたった一度も感謝されたことがありません。感謝の言葉は大事です」

七瀬さんは義父の死後、パートで看護師の仕事を再開し、「看護師としてもう一度、バリバリ仕事をすることが夢です。取りたい資格もあります」と話す。

今は義母がデイサービスに行っている間などに、友達とランチをしたり、養子と過ごしたりする時間が癒やしだという。七瀬さんの堪忍袋の緒が切れるのはいつになるか。その時、義家族たちの慌てふためく様子を見てみたい気もする。

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