初めて新聞のコラムを担当したとき、担当者から再三注意を受けた。

「もっと言い切っちゃってください」。論文の場合、査読者から突っ込まれないことが重要なので、つい逃げ道を用意してしまう。両論併記や曖昧な書き方が習い性になっていたので、それじゃマスメディアでは通じませんよ、と指摘されたのだ。

物事を言い切ることにはリスクが伴うが、その明快さがときに生き生きと人の心を捉える。各業界で長く生き続けてきた、シンプルな定説・セオリーを紹介しているのが本書である。名言・格言とは違って、大向こうをうならすような表現は少ないが、その分リアリズムを感じた。

テレビやラジオの通販では「値段は最後に言う」のがセオリー。商品の魅力がきちんと伝わってない段階で価格を言っても安さやお得感が伝わらないからだ。価値基準の設定はたしかに難しい。「福袋は松竹梅で売れ」(百貨店業界)。中身がわからない福袋に「一番安い」「中くらい」「一番豪華」とランクを付けることで、一種類だけ売るよりも売り上げはアップするという。ちなみに一番売れるのは、やはり「中くらい」らしい。

顧客本位の営業とか、仕事は臨機応変になどと言っても面白くも何ともないが、それぞれの業界の言葉に翻訳されると、なるほど感が高まる。「寿司は客を見てから握れ」(寿司職人)、「見積書は2つ持て」(商社)、「ネタはお客の顔を見て決める」(落語家)。落語家がその日の客層を考え、高座に上がる直前に演目を決めるとは知らなかった。究極の顧客本位といえるだろう。

『業界のセオリー』鹿島 宏著 徳間書店 本体価格1400円+税

「魂を込めた作品は人の心を打つ」(作家)、「ノーと言わないスタッフは生き生きと働く」(ホテル業界)などは、決して否定するものではないけれど、当たり前すぎる感じもした。意外性と納得感のバランスの取れたものが心に残るようだ。個人的にハマったのは、「プロジェクトが行き詰まっても、増員するな」(ソフトウエア業界)。自分の経験でも、途中から人を増やしてうまくいった記憶がない。

著者はライターとエディターのコンビ(鹿島宏はユニット名)で、20年以上の業界取材の結果をまとめたという。なかには「個人の感想じゃないの?」と思うものもあるが、この種の本で論拠や蓋然性を問うのはヤボというもの。通読すれば、自分に当てはまるお気に入りのセオリーが見つかること請け合いだ。

最後に、紙幅の許す限り紹介しよう。「困ったときは動物と子ども」(広告)……聞いたことあるような気がする。「休日の飛行機でくつろげないなら一人前」(航空)……プロ意識は尊敬するが、オフはのんびりしたいなあ。「『東大』は読者に刺さるキーワード」(出版)……一橋大出身の自分の本が売れないワケだ(笑)。「ゲームの発売日は木曜日」(ゲーム)……売り切れたとき翌日補充注文ができるから! 景気のいい話が出たところで、続きは本書でどうぞ。