「会社を辞めてもいい?」

ただどうしても耐えられずに一度だけ、家で弱音を吐いたことがある。

「岩崎さんについて行ったおかげで取締役になれて、日高さん、ラッキーでしたね」
「岩崎さんは、猪突猛進でいい。でもあなたはこっち、社員側に来ないと」

この言葉を言われた夜、初めて夫に泣きながら、会社を辞めてもいいかと弱音を吐いた。これまで命をかけてやってきたことが全否定され、自分はいないほうがいいと宣告された気がした。今までのことは何だったんだろうと、途方もない虚無感にすっぽりと包まれた。

一方、ここで、はっきり思ったことがある。なぜ、このようなどん底の状態に落ちてしまったのか、日高さんは厳然とした事実に気づいた。

「これ、やっぱり、私のせいなんだなって。一人から言われたのなら、その人が悪いと私は思っていたはず。でも、みんなに言われたから、私のせいでしかないんです。だから、認めるしかなかった。そう気づいたことで、逆にラクになりました」

人はそもそも、自分に非があると認めることは難しい。誰かのせいにして、ラクになりたいものだと思う。しかし、日高さんは自分の非をきっちりと認め、それを糧にした。

「岩崎さんもまた、自分のせいだと思っていて、変わらなきゃと。一緒に立ち直れる人がいたのは、大きかったですね」

「提案を聞く」だけでは駄目だった理由

本当に変わらないといけない。そのために2人は「私たち、なんで、この会社をやろうと思ったんだろう」と、原点に立ち返ることにした。

「いくつかキーワードを書き出して、最後に行き着いた言葉が『挑戦』でした。私たち、挑戦がしたくて、この会社を始めたんだよね、と。だから、いろんなことをやっていきたい。このことを社員にはっきりと言いました。『私たちは挑戦を繰り返す会社だし、安定的に働きたい人には向かないよ、ごめんね。今まで口うるさく、やりたいことを止めてばかりでごめんね。お客さまのためになる挑戦だったら、みんなにも挑戦してほしい』と」

どうしても挑戦をやり続けたいと2人は社員全員に宣言し、そしてそれをずっと言い続けた。

「これまでも提案は、聞いてはきました。でも、『こっちの方がいいんじゃない?』って、こちらの言いように書き換えていたんです。それを、『やってみたら』というように徹底しました」

ただ、そのうち弊害にぶち当たった。なんでも提案して!と社員に伝え続けたら「あれもこれもやりたい」とジャッジに困るようなことが続く。

「美容の会社だから美容院代を出してくださいとか、クリエイティブな仕事のために美術館代をとか、週休3日にして欲しいなど。これは何か、軸を示さないといけないと思い、初めて出したキーワードが『誠実』でした。それは結果を出すために、みんなで頑張るという意味の「誠実」です」

「挑戦」という価値観だけだと、全てを認めなければならなくなる。そこで誠実を土台に、「挑戦」と「明るく元気」という人間性を社の基本に据えたのだ。

この時期に新卒採用に踏み切ったことも、会社の風土をいい方向に切り替えていってくれた。