どちらの言い分も間違いではなかったが…

その販売拡大のやり方はお役所的なNTTには決して真似できないものだった。「ADSL端末を街頭で、無料でばら撒く」という常識破りの方法だったからだ。

「強引とも言える方法でとにかく無料でシェアを広げ、あとから徐々に回収する」というソフトバンクの「お家芸」は、最近ではソフトバンクが展開するQRコード決済「PayPay」にも通じるものだ。

NTTとソフトバンクの綱引きは熾烈しれつを極めることになる。ソフトバンクは街頭で顧客獲得しても、NTTから施設の貸し出しを受けなければ、サービス提供ができない。一方、NTTは自分たちを倒しにくる新興勢力に、「武器」を提供しなくてはならない。当然ながら、円満に進むはずがないのだ。

ソフトバンクは「NTTが意図的に貸出の手続きを遅らせて、妨害している」と批判する。NTTは「ソフトバンクからの届出書類が杜撰すぎて、事務手続きを円滑に進められないためだ」と応戦する。

今から思えばどちらの言い分も、少なからず真実であっただろう。だが、広報戦では孫社長のほうが遥かに上手だった。

2000年代、通信事業に参入したばかりのソフトバンク・孫正義社長が、NTTに大々的にケンカを売った
2000年代、通信事業に参入したばかりのソフトバンク・孫正義社長が、NTTに大々的にケンカを売った(写真=のびはや/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

「日本のネットユーザーのため、NTTを打ち負かす」

「日本のインターネットは先進国で世界一遅く、世界一高い。日本のネット業界のため、日本のネットユーザーのため、日本で最大の企業、あのNTTを打ち負かす」

これは当時、私が孫社長にインタビューしたときの発言だ。ここまで企業のトップが対外的に敵意を剥き出しにするのは、極めて珍しい。そしてこの発言には、孫社長の広報の巧みさが凝縮されている。

ひとつは戦いの目的に大義を掲げていることだ。「NTTを打ち負かす」目的は私利私欲のためではなく、「日本のネットユーザーのため」だと言う。「通信業界のシェア争い」ではなく、「日本のネット業界の未来を賭けた戦い」に転化しているのだ。孫社長の発言が真実であれば、「通信業界に関係ない第三者」がどちらに与するべきかは明らかだ。

もうひとつ巧みな点はNTTを「日本で最大の企業」とわざわざ位置付けている点だ。当時はソフトバンクも年商4000億円の大企業なのだが、売上高10兆円を超える「巨象」のNTTグループの前では「子犬」に過ぎない。