「そのときのぼくは、1階にカフェを開くぐらいしか思いつかなかった」と手塚さんは語った。頭で考えるだけでは駄目なのだ。反射神経が必要なのだ、と。コンセプトありきの「最近よくあるマーケティング思考」に足払いをかます、三浦展さんとの刺激的対談、第6回は危険度倍増です。
1947年、栃木県生まれ。国際基督教大学卒。79年、吉祥寺にビデオ機器販売店を開店。81年にビデオ・インフォメーション・センターを設立。98年、吉祥寺駅前のハモニカ横丁に「ハモニカキッチン」を開店。現在は同横丁内だけでも10店を展開。
三浦 展(Atsushi Miura)
1958年、新潟県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、パルコに入社、情報誌「アクロス」編集長を務める。90年、三菱総合研究所入社。1999年、カルチャースタディーズ研究所設立。家族、若者、消費、都市問題などを研究。近著に『第四の消費』(朝日新書)、『東京は郊外から消えていく!』(光文社新書)。
コンセプトがあると現場が見えなくなる
【手塚】三浦さんのこの取材は、方向としては街づくりがどうのという話になるのかな。それとも商売上の何かという話になるのかな。
【三浦】プレジデント的にはどうしますか(笑)。
【編集部】いきなりですね三浦さん(笑)。ええと、「プレジデント」という雑誌は、今日のお話に出てきたことばで言うと、計画とかコンセプトとか目標ということばを聞きに行くことが多い雑誌です。ところが、今、若い人に取材をすると、ちょっと違う。先日、ウエブの記事用に女性ドラマーに話を聞いたんですけれど、彼女、目標がないんですよ。
【手塚】いいね。目標とか夢とか「こうなりたい」とかいうのは、ぼくは収奪されているような気がするんだよ。
【編集部】その前は、陸前高田の被災地に移住しちゃった23歳の若者に話を聞きに行きました。さっきの話じゃないですけれど、「住まないと何もできない」と住民票を移して。その彼も目標とか計画という話をしない。でも、地元のおばちゃんたちと浜辺をぐるぐる回っているうちに、「このワカメが金になるんじゃねえか」とか、そういう話になってくる。これは従来の「プレジデント」だと、どう書いていいかわからない。
【三浦】まあ、「プレジデント」には、しっかり手帳に1年後のことを書きましょうとか書いてあるからね(笑)。
【編集部】それを続けているうちに、お客さんに先を行かれちゃっているんじゃないかと思うわけです。震災のあった去年、日本全体で雑誌の数字は一昨年より割り込みました。大災害があった年だから雑誌は読まれると思っていたんですけれど、どうも違う。震災前と同じ頭で目標とか、コンセプトといったことばを書いていると、お客さんに置いていかれるんじゃないかと気になり始めているんです。
【手塚】変な自信なんですけど、ぼくは現場に強いと思っているんですよ。現場に行ったときの問題って自分が見えなくなるのが一番問題なんです。コンセプトとか、思い込みがあると見えなくなるんですよ。ぼくは書道をやっていたからわかるんですけど、展覧会に出そうと思っていろいろ書くと、だんだんわけがわからなくなってくる。ぼうっと見ていたほうがわかるんですよ。店も同じ。「こういう店がやりたい」って始めても、目の前には考えていたのと全然違うお客さんがいて、そのことがわからないときがあるんです。だからぼくは「こうやりたい」という考え方は、なるべく自分では持たないようにしているんですよ(笑)。
チャンスって、そういうところからしか来ないんですよ。ハモニカキッチンも、魚屋のおじさんが「ここでやらないか」って言ったから、自動的に何か動いたんだよね。これって馬鹿な話でしょ。でも、動いているうちに実際にこうなってきた。反射神経で、柔軟に頭を空っぽにできるかどうかだとぼくは思うんですよ。
【編集部】「なりたい自分」とかあっちゃいけないんですね。
【手塚】なりたい自分になんか、なれるわけないじゃない。背が高くなって、イケメンになれるわけもないもんね、ぼく(笑)。
で、あとからわかるんだけれど、たとえば2年前、今で言うシェアハウス、そういうことができる物件はたくさんあったのに、ぼくの反射神経ではそのときに見えなかったんだよ。ヨドバシカメラ(吉祥寺店)の向こうにものすごく大きな寮があったんです。そこで何かやれと人に言われて、そのときのぼくは、1階にカフェを開くぐらいしか思いつかなかった。4階建てくらいのすごく大きい寮。今、うどん屋になっています。あのときに自分がもっといろんな余計なことを勉強していて、その瞬間に何か思いついていれば、いざその話が来たときに、「あっ、これはこういうふうにできる」って思いつけたんだけどね。
根本的に極端に行き当たりばったりだから(笑)。それくらい自由でいたいんですよ。ぼくは地震雷火事何とかってやつが好きなんですよ。いざそれが来たら、いろんなことを考えられるんじゃないかと思うタイプなんだよね。行き詰まった方が、何か知恵が出る。でも、このやり方って一般性ないんじゃない(笑)?
【三浦】いや、最近は一般性のない話を聞きたい人が増えているっていう説もあって(笑)。
【手塚】あ、そうなの(笑)?
【三浦】ちゃんと商売しようという人は、新たな発想を求めていますよ。全然自分の商売に関係なくてもいいし、成功事例でなくてもいい。でも、大企業の人はすぐに成功事例を求めるんですよ。