5年間受け続けていた「いじめ」
日本やスペインのメディアにも取り上げられるようになり、順風満帆に見えた前田さんだったが、この時、心の異変が症状として現れていた。
「動いていないと泣いていました。バスに乗る、座る、泣く。コーヒーを頼む、出てくるまでの間に涙が流れてくるみたいな、そんな感じでしたね」
前田さんは足元をじっとみつめながら、絞り出すように言葉を吐き出した。
「突然日本人(の自分)がやってきて、目立つようになって、ビクトルとも仲良くして、好きな皿も任されている。そうなると、やっかみはひどかったですね」
おはようと言っても従業員は誰も返事をしてくれず、前田さんが考案した皿は手伝ってもらえなかった。嫌がらせなのか国民性なのか誰も掃除をしないで帰るので、ひとりで残って厨房を片付ける日々を過ごした。ビクトルは、わが道を行くタイプなので気にしていない。聞けばこの状態が5年間続いていたという。
「誰にも口を聞いてもらえない場所に行くのは嫌だったけど、仕事に行かないとそれこそ自分の存在価値がなくなってしまうので、行かないわけにもいかなかった」
先ほどまでニコニコしていた前田さんの顔から、笑顔は消えていた。
「たまにビクトルが見せる『うまいな』の笑顔に、死ぬほど救われていました」
「俺もう辞めようと思っています」
ただ、ビクトルに認められれば認められるほど、誰もサポートしてくれない状況にあった前田さんの仕事は増える一方。そうなると自分の考えた料理が店の名前で出ていることにも反発心が生まれ、次第に生意気な態度をとるようになっていったという。
「俺の考えた皿じゃないから俺やんないわ、とか言うようになっていて。自分ならそんな従業員いたら殴ってると思うんですよ。だから、すごくギスギスしていました。今振り返ればよくクビにならなかったなと思います」
ある日、エチェバリの常連だった起業家の平井誠人さんから「よかったらご飯どうですか?」と誘われた。
平井さんと話す中でぽろりと本音が漏れた。
「俺、本当は自分の料理をしたいんですよ。もう、ビクトルともうまくいってないですし。金沢でお店ができるようになったら、何も言わずに辞めようと思っているんです」