嘘つきの血
父親を亡くして80歳になった母親は、それまでも信仰に基づいたおかしな言動が見られていたが、「認知症になるなんて一族の恥」と言い、他人の前ではしゃんとしてしまうため、なかなか認知症の診断がつかなかった。ようやく83歳で診断がつき、要介護1と認定されると、階段を転げ落ちるように症状が悪化し、85歳になる年に要介護3になると、すぐに特養に入所した。
その1年後、兄から電話かかかってきた。内容は以下の通りだ。
・父親の生前、両親の借金を肩代わりするためにお金を借りていた
・その借金を、交際中の女性と入籍する前に完済したい
・その借金を、半分持ってくれないか
聞くと、借金は100万円ほど。その半分の50万円だが、今は手元にないという。
「いい大学を出て、長年公務員の仕事をしている兄が、たった50万円も出せないということに疑問を感じました。私は結婚後、ずっと専業主婦です。節約してコツコツ貯金したお金で時々帰省して、両親のために度々経済的な援助もしてきました」
それでも小栗さんは、入籍する兄へのお祝いのつもりで、半分出すことにした。
ところがその翌日、また兄から電話がある。今度は、交際中の女性が、「入籍前に借金完済の確認をしたい」と言うから、小栗さんから女性に「説明してくれ」という。
よくよく聞き出すと、父親の生前、両親の借金を肩代わりするためにお金を借りたのは本当だが、そのときに借りたのは50万円ほどで、残りは自分の都合で借りたお金。そのことを妻になる女性に知られたくない……というのが真実だった。
「兄はタバコもお酒も、ギャンブルもやりました。兄は親の失態に便乗して、自分の悪事を誤魔化していたのです。兄はよく私に、『俺は親とは違う! 嘘が一番嫌いだ!』と言っていたし、両親のことを無茶苦茶に責めていましたが、金銭搾取のやり方が両親にそっくりで、悔しいやら情けないやら。悲しくなりました」
小栗さんは高校を卒業後、大学に進み、金融系の会社に勤めながらも、要介護状態になった祖母の介護をした。母親は自分の親であるにもかかわらず、祖母の下の世話を嫌がったため、トイレ介助やオムツ替えは父親が担当し、小栗さんは父親をサポートしていた。26歳で結婚するまでは、両親が求める金額を家に入れ、結婚後もそれは続いた。今まで両親のために資金援助してきた金額は、3〜4カ月に一度帰省する交通費も合わせると、1000万円は超えるという。
一方、兄は幼い頃病弱だったため、何度も入退院を繰り返し、高額な医療費がかかっているうえ、私立高校に入学。大学進学時に一人暮らしを始めると、実家にはほとんど帰ってこなくなっていた。
「正直、兄はずるいと思います。でも私は言いたいことを我慢しました。故郷に住む兄が主介護者から手を引いてしまえば、母の施設の手続きの更新も、実家の庭木や雑草のことも、役場やご近所からの苦情対応も税金対策も、全てが滞ってしまうからです。私は、私自身の生活や家族を守るために、兄に“搾取されてあげました”」
実家は母親が特養に移ると同時に空き家になった。家屋は母屋と離れがあり、土地は広大な田畑の他に、墓所となっている山がある。小栗さんは、「将来的には、墓所以外はすべて更地にして現金化し、『兄妹で均等に分けよう』と、私から提案しました」と話す。