少数民族をも事実上支配する多民族帝国

①中華民族とは何か

「中華」とは、地理的には漢族の興った黄河流域一帯を指し、歴史的には漢族が周辺の蛮族との対比で自らの文化の優越性を誇示する言葉でした。現在、中国政府は、「中華民族」を「中国56民族の総称」とし、中華文化は「全中国人民を結ぶ精神的紐帯」だと説明しています。

しかし、「中国56民族の総称」と言いながら、「中華民族」の95%は漢族です。しかも、漢族による中国全土の支配はせいぜい数百年間しかありません。そうであれば、なぜウイグル族やチベット族が本来漢族を指す「中華」民族の一部になるのでしょうか。私にはよく理解できません。

②なぜ中国では民主主義ができない

近代以前はともかく、現在の中国でなぜ独裁体制が続くのでしょうか。台湾では民主選挙により政権交代が起きているというのに。様々な理由が考えられますが、最大の理由は今の中国が漢族の民族国家ではなく、中国共産党が漢族以外の少数民族をも事実上支配する多民族帝国だからです。

中国人は決して民主主義が不得意ではありません。でも、今の中国に民主主義を導入すると、ウイグル、チベットを始めとする非漢民族の領域だけでなく、漢民族内でも利益の異なる国内各地で、個別の政治的主張が噴出し、「共産党の指導」の下で帝国は維持できなくなるだろうと思います。

習近平に残った最後の手段がナショナリズム

③中国経済と中所得国の罠

「中国はいずれアメリカをGDPで追い越す」といった議論も以前はありましたが、今の中国が直面する最大の危機は「中所得国の罠」です。開発途上国の1人当たり所得が1万ドルを超える頃、その国はもはや低賃金と世界の工場による輸出主導経済政策では立ち行かなくなります。

この「中所得国の罠」から逃れるには規制緩和、内需拡大、国有企業改革、技術革新などの諸政策が不可欠ですが、今の中国はこれと真逆の手法で危機を克服しようとしています。権力集中で政治過程を支配することは可能ですが、経済活動を強権で統制することは大きな歴史的実験でしょう。

④共産党は何を目指しているのか

結局は「統治の正統性」の維持だと思います。建国当時は、「中国を統一」し、「抗日愛国戦争に勝利」した共産党のみが中国を指導できると強弁できました。しかし、文化大革命後の改革開放政策による「経済的繁栄」は貧富の格差を拡大しただけで、党の正統性強化には失敗しました。

こうした中国を引き継いだ習近平に残った最後の手段がナショナリズムでした。中華民族の夢を語り、「一帯一路」政策などで中国の大国としての国際的地位の向上を目指しましたが、その稚拙な「戦狼外交」は逆効果でしょう。