研修作業で知った小売業の厳しさ

翌年1月、三和と東海が合併してUFJ銀行ができ、五反田支店の法人営業部長へ出た。やがて、アイワイバンクからスカウトの話がくる。潮時だ、と決断した。

移籍する前に、小売業のことを知るために、現場研修を志願する。セブンイレブンの研修所に泊まり込んで講義を受けた後、コンビニの店頭に1カ月、立つ。ある日、雨が降ってきた。でも、商品の回転は速く、その前に発注済みだった。すると、女性の店員が「冷奴がこんなにあるけど、こんな天気で、どうしようか?」と心配した。聞いて、ハタと思う。UFJの五反田支店にいたときに、雨の日に食堂にいたら、店頭担当の女性たちが「今日は雨でお客さんが少なくて、いいわね」と喜んでいた。全く逆の反応だ。

それが、悪いというのではない。銀行は、客がこようがこまいが、どこかでちょっとデリバティブ取引をすれば、何千万円もの収入がある。コンビニは、店へきてもらい、1つが100円から200円の品を買ってもらい、その膨大な積み重ねで成り立っている。雨で仕事こそ減っても、売り上げが落ちると心配する店員の心情に、胸が詰まった。

アイワイバンクでは、業務推進部長に就任した。05年にATMの設置台数が1万台を超え、社名をセブン銀行に変更する。常務執行役員・企画部長になって、ジャスダック証券取引所への上場を手がけ、2010年6月に社長に就任。翌年12月に、東証一部への上場を果たす。

社長になって、若手の意見を聞いてアイデアを募る場を設けた。そこから生まれたのが、昨年7月に始めた海外送金サービスだ。ある地方銀行が米金融通信大手と組んで、海外留学生向けなどの送金サービスを手がけていたが、撤退した。その後を受けて進出したが、こちらの狙いは日本全国に滞在する外国人労働者。増加を続ける南米やアジアからの人々が、本国の肉親らに送りたいおカネを、ATMで受け入れる。

日本からの送金は、年間に約1000万件あるとされていた。その1割を獲得すれば、コストからみて、手数料を他の銀行の半額にできる、と読む。外為の専門知識も不要、為替リスクもない。若い面々が、そうしたことも検証し、実現した。

「世異則事異」(世異なれば則ち事異なり)――時代が変わってくれば物事のありようも変わってくる、との意味で、中国の古典『韓非子』にある言葉だ。続いて「事異則備變」(事異なれば則ち備え變ず)ともあり、物事のありようが変わってくれば、それに対する備えの仕方も変えねばいけない、と説く。

時代の変化をきちんと捉え、いままでうまくいったやり方でも大胆に捨て、新しい時代に即した手法に変えることの大切さ。成功体験にしがみつく愚とは無縁の若手の意欲を受け止め、新たなニーズに応じたサービスを打ち出す二子石流は、この教えと重なる。

セブンイレブンは、海外で店舗展開を加速している。これに、どこまでついていくかが、次の大きな課題だ。「世異則事異」と言うように、時代は変わって、中国など新興国でもコンビニが増え続けるのは間違いない。国によって通貨は違うし、おカネに関する習慣も違うから、日本のATM網サービスをそのまま持っていくのでは難しい。でも、コンビニが当たり前の存在になれば、人々の発想も変わっていくだろう。やはり「事異則備變」で、次への備えを怠ってはいけない。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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