装飾を極限まで排した、独特の設計だ。ベッドルーム6部屋と屋外プールを2つ備える豪邸だが、ぜいを尽くした住宅というよりは、洗練された美術館のような印象を帯びる。

昼はカリフォルニアの日差しのもと、整然と並んだ棟のコンクリートが白くさんぜんと輝く。夜になれば建物内外に配置されたダウンライトやフットライトがともり、滑らかなコンクリートの表面が光のぬくもりを反射する。もともとの所有者は美術品収集家のビル・ベル・ジュニア氏で、完成に15年を要した。

冷たい印象のあるコンクリートは、居住に適さないとの批判もある。だが、それでも安藤建築の熱狂的な支持者は多い。アメリカでは、装飾を省いた素朴なスタイルに、日本的な美意識を見出す人々もあるようだ。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「そのシンプルさから支持者たちは、スピリチュアルに近い、いわば禅のような感覚を呼び起こすと述べている」と紹介している。

ジェイ・Zとビヨンセが2023年5月に1億9000万ドルで購入
写真=Backgrid/アフロ
ジェイ・Zとビヨンセが2023年5月に1億9000万ドルで購入し、マリブの不動産新記録を樹立した。(2023年7月12日)

1950年代にルーツを持つ、シンプルかつ圧倒的な存在感

ビヨンセ夫妻以外にも、女優のキム・カーダシアン、ラッパーのYe(カニエ・ウェスト)、ファッションデザイナーのトム・フォード氏、Slack共同創業者のスチュワート・バターフィールド氏夫妻などが安藤氏の手掛けた物件を所有、あるいは建築計画を進めるなどしている。

日本の建築家が、なぜアメリカでセレブを魅了しているのか。コンクリートの美しさ・力強さをそのまま意匠に残す安藤氏の名建築は、アメリカにもファンが多い。建築の域を超えた、美術品としての美しさがセレブの心に響いているようだ。

均質に打たれたコンクリートの建築は、装飾を排したミニマルなデザインでまとめられ、威風堂々としたたたずまいで見る者を圧倒する。1950年代に端を発するブルータリズムの建築様式を想起させる意匠だ。ブルータリズムは第二次大戦後の経済回復中、最小限の資材で美しい建築が成立することから流行した。現在でも素朴さと力強さで愛されている。

重厚なのに暗くない…光を自在に操る名建築

安藤建築のもうひとつの特徴は、光や周辺環境との調和だ。大胆な開口部から自然光を取り込み、静寂な内部空間に輝きを加える。コンクリートに覆われた空間に、開口部から十字の光が差す「光の教会」(大阪府茨木市)はその代表例だ。

大阪府茨木市にある安藤忠雄設計の「光の教会」内部
大阪府茨木市にある安藤忠雄設計の「光の教会」内部(写真=Bujatt/CC-BY-SA-2.5/Wikimedia Commons

瀬戸内芸術祭の舞台である香川県・直島には2004年、「地中美術館」が開館した。クロード・モネやジェームズ・タレルなど世界的アーティストの名作を、安藤氏が手がける地下空間で鑑賞する、贅沢なアート環境だ。

瀬戸内海の景観や直島の自然を損なわないよう、建物の大部分は地下に埋め込まれた。地中の施設でありながらほかの美術館よりも、むしろ開放的ですらある。特大のトップライト(天井開口部)やサンクンコート(地下の中庭)から、太陽光を直接取り込む。