改革を志すリーダーは、人にはそのような性質があるということを前提にしたうえで、「そもそもの問題点」に人々の意識を戻し、改革することと現状維持の「どちらがマシか」の冷静な判断を促すべきです。

従来の「紙の健康保険証」に問題はないのか

マイナンバーカードをめぐる問題点はたしかにいろいろあります。健康保険証との一体化といった部分で、進め方が拙速だったことも確かでしょう。ただ、それなら従来の「紙の健康保険証」に問題はないのか、その問題はマイナンバーカードの問題よりも大きいのか小さいのかを、きちんと比較しなくてはなりません。

また、今騒がれている問題の中には、昔から問題だったことがデジタル化によってようやく可視化されたといえるケースもあります。たとえばマイナンバーカード健康保険証が無効になる問題です。従来の紙の健康保険証では手続きに多少のミスがあっても手持ちの健康保険証を使うことができました。ところがデジタル化になると手続きミスがあると直ちに無効になってしまいます。

紙の制度では、どれだけ情報漏洩があるのか、情報の取り違えがあるのかも正確には知りえません。それがデジタル化されたマイナンバーカードでは、すべてが正確にあぶり出されてしまいます。

すなわち紙の健康保険証では見抜けなかった問題が、マイナンバーカードに移行する過程で判明してきたとも言えるのです。マイナンバーカードによって新しく噴き出した問題というよりも、もともと存在していた問題が明らかになっただけ。

だから国が本気でマイナンバーカードを定着させたいなら、政府が率先して、紙情報時代の不具合、紛失、消失、取り違え事例を一覧公表すればいいんです。そうすれば、いかにデジタル化したほうがマシかがわかるでしょう。僕がもし河野太郎デジタル相の立場なら、関係各省庁から紙の問題点を集めて「現状はこんなに問題があり、多くの無駄なコストがかかっているんですよ!」と大騒ぎしますね(笑)。

ただし、実際にそれができるかといえば、相当難しいと思います。もしデジタル庁が問題事例を集めようとしても、各省庁はそんな失態を自ら明かそうとはしないでしょうから。

今後のことを考えれば、政府はマイナンバー制度の設計思想を変えるべきです。現状起きているトラブルの多くは、情報を分散管理していることが原因です。「国民情報をマイナンバーで管理しますが、可能な限り使いません」という建て付けで、使用目的も社会保障と税と災害対策だけに限定してスタートしたため、新しい分野で使用するときには改めて個人情報を紐づけしていかなくてはなりません。その際はシステムが自動的にマッチングしてくれるわけではなく、現場の人たちが手作業で名寄せを行っているのです。