畑村洋太郎式文章術

工学院大学教授
東京大学名誉教授
畑村洋太郎

1941年、東京都生まれ。66年日立製作所入社。68年東京大学工学部助手。83年同教授。2001年畑村創造工学研究所開設。著書に『技術の創造と設計』『みる わかる 伝える』ほか。

相手にわかりやすく伝えるために、表現をかみ砕いたり、やさしい言葉に置き換える工夫は、多くの人が実践していることでしょう。ただ、言葉の置き換えには注意が必要です。言葉は別の言葉と一対一で等価に対応しているわけではないからです。

たとえば「コモンセンス」という言葉を辞書で引けば、「常識」や「良識」といった訳語が当てられています。ただ、日本語に置き換えると微妙にニュアンスが異なります。コモンセンスには、人々が生活するうえで守るべき倫理だけを指すのではなく、人類が尊重すべき普遍的価値という意味合いまで含まれています。本来ならこれでも説明不足なほどで、別の言葉で的確に言い換えるのは、非常に難しいことなのです。

英語の言い換えを考えるときに限られますが、私がよく活用するのは、ウェブスターの英英辞典です。この辞書は、概念を他の言葉で代替するのではなく、それを構成する要素について解説を試みています。さらにうれしいのは、初出がいつで、時代とともに概念がどのように変化したのかという時間軸まで加わっている点です。時間軸を加えると、概念を立体的に把握しやすくなります。これは日本の辞書に見られない特徴です。

これは表現をかみ砕くときのヒントになるのではないでしょうか。相手に伝わりにくそうな言葉があれば、その言葉が使われていた社会的状況や、言葉を使っていた人々の生活や考え方についても一緒に言及してみましょう。背景を同時に伝えることで、言葉の意味をより深く相手に伝えられるはずです。

(村上 敬=構成 相澤 正、熊谷武二=撮影)
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