なぜケースメソッドで学ぶべきか

意欲ある人が学生となって、ビジネススクール、ひいては経営学・商学の教育現場は大きく変化した。第一に、授業において、企業の具体的なケースを教材にして討議するという教育・学習スタイルが入ってきた。ハーバード・ビジネススクールが元祖となる教育法の、ケースメソッドのやり方だ。もともと、法律の教育において判例をめぐり、その是非を討論するというやり方があって、それを真似てできた教育スタイルといわれる。

その教材には、新聞記事や雑誌記事を資料にした簡便なやり方から、教員がみずから取材して作成した本格的ケース教材までさまざまあるが、具体的な会社の具体的な取り組みをめぐって、クラス全員で、その問題や課題を明らかにし、最終的にこれからどうすればよいのかというところにまで踏み込んで検討しあうのだ。テレビで、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の白熱授業を見た方なら、「ああ、あれか」とわかっていただけるだろう。もっとも、あれほど多くの学生を、あれほどうまくコントロールして、討議を運営できる力を持っている人はそんなにいるわけではない。が、今ではビジネススクールの先生は、「ああいうふうにうまくやれるように」と思いながら、いろいろやり方を工夫している。

そうした相互交流型、具体的問題解決型の教育スタイルが普及してくるとともに、研究面でも変化が生まれた。ケース研究というものが、研究の一つの有力手段となった。教材を作らないといけないというのが喫緊の課題になったことが大きい。慶應がいち早く、ハーバード・ビジネススクールの持っているケース教材を日本語に翻訳したり、独自に日本企業のケース教材を作ったりしていたので、それを利用することができたのは大きかった。しかし、やっているうちに、「自分が知っているこの企業の取り組みの面白さを学生たちに伝えたい」とか、「このコンセプトを学生たちと議論するためにこんなケースが必要だ」と思い始める。そして、自分でケース教材を作りたくなってくる。私も、そんなこんなで、多くのケース教材を作ってきた。私自身の情報感度が高まったことが大きい。経営者やマーケターの話を聞いても、「これ、ケースになるな」なんてことも考えるようになった。

ケースの意義としては、要するに、そのケースに登場する主人公が抱えた問題を自分の問題として考える中で、理論に血肉を与えて使いこなせるようにし、今まで気がつかなかった、経営を見る多様な新しい視点を知ること、これが「ケースで学ぶ特典」だ。