書店が消えた結果、地域の生活の質が落ちる

新聞や雑誌、あるいはインターネットで書評や広告を目にする。気になる本があると定有堂に行き、手に取り、目次を眺めたり、あとがきを読んだりしてから、よし、買おうと思う。定有堂がなくなった今、選んで買うことがかなわない。

これは本を読む機会を徐々に喪失していくことにつながる。筆者の頭に、静岡県掛川市で取材した、高久書店の高木久直さんが浮かんだ。高木さんが2020年に掛川駅前の商店街そばで9坪の書店を開業したとき、地域の高齢者が高木さんに「以前は商店街に本屋があって、買って読んでいたが、書店がなくなって本を読まなくなっていた。あなたが開業してくれたから、また本を読める」と喜んだというのだ。

地域から書店が消えると、地域の人たちの本を読む機会は失われ、それは必要な知識を得たり、心を潤したりする機会の喪失となる。生活の質が落ちるのだ。

地方でこそ「本を読む人たち」の存在が大切

図書館行政の立場からも、地域から書店が消えることの影響は心配このうえないという。もう一人の鼎談者で鳥取県立図書館長の小林隆志さんだ。

「地方は、都市部と違って、先端の情報や研究に直接触れる機会が少ない半面、解決しなくてはならない課題は多い。それでも、情報を持っている人や研究者の論文や著書を読めば、考えるヒントを得ることができます。本を読む人たち、つまり、考える人たちの存在は、人口の少ない地方でこそ大切です。図書館の機能がストックであるのに対し、フロー(流通)の役割を担う書店がなくなると、この町に暮らす本を読む人たちが影響を受けるのは目に見えています。残っている書店にはもっと頑張ってもらいたい」

鳥取には図書館と書店が連携してきた歴史がある。その始まりは明治初期までさかのぼる。医師今井芳斎が蘭学を教える私塾を開き、鳥取県で最初の書店を始めた。その今井書店は昭和期には地方出版に事業を拡大し、鳥取の文化の担い手となる。昭和40年代には書店内に私設図書室を開き、子どもたちに本を読む機会を提供した。さらに県内各地で図書活動をしている仲間と連携し、地域図書館をつくる働きかけの中心的役割を担った。

他方、県立図書館では、図書を地元の書店から購入する原則を確立した。この方針について、当時県立図書館長だった松本兵衛氏は、のちに出版業界紙の取材に対し「税金を払っているところに還元しなければならない」と語っている。公立図書館が地元の書店から購入することを基本としている自治体は実は珍しい。1999年から2期にわたって県知事を務めた片山善博氏は図書館への予算を増やし、現在、県民1人あたりの図書予算は全国1位を誇る(図書購入費は全国3位)。