社会との折り合いに葛藤し、独立書店を開いた

筆者が閉店を知ったのも、福岡市にあるブックスキューブリック店主の大井実さんのフェイスブックへの投稿を読んだためだ。それから二度訪ね、定有堂書店は4月18日に閉店した。筆者も取材した東京・荻窪の書店Title店主で書評家の辻山良雄さんは、NHKラジオ「ラジオ深夜便」で、2回に分けて定有堂書店を取り上げ、ねぎらった。

奈良さんには後悔のないよう礼を伝えたつもりだったが、それでもフォーラムは見たいと思った。東京から新幹線と在来線を乗り継いで5時間、裏日本とも呼ばれる人口最小自治体で育まれた「書店員の聖地」の喪失を地元の人たちがどのように受け止めたのか、確認したかった。

会場となる県立図書館は、鳥取駅から目抜き通りを抜けた官庁街にある。

館内には特設コーナーが設けられ、定有堂の発行してきたミニコミ誌や「読む会」で読んだテキストが展示されていた。過去の冊子の中に、30代の奈良さんのポートレートを見つけた。肩に届く髪をして、チェックのシャツに細いニットタイを締め、エプロンをつけている。

奈良さんは団塊世代だ。早稲田大学に学んだ学生時代には、学生運動の闘争の波から距離をとったとも聞く。卒業後も思想と哲学を学び続け、社会との折り合いに葛藤した末に独立書店を開いた奈良さんの清々しい笑顔に思わず見入った。

鳥取県立図書館に展示された定有堂書店発行のミニコミ誌
筆者撮影
鳥取県立図書館に展示された定有堂書店発行のミニコミ誌

「今後は悔しいけれどアマゾンに頼むしかない」

県立図書館で開かれたフォーラムの鼎談ていだん者の一人、岩田直樹さん(公立鳥取環境大学特任教授)は「もう、大打撃ですよ」と定有堂の不在を嘆いた。岩田さんは定有堂の読書会「読む会」の進行と選書を担当している。大学で海洋物理学を専攻し、高校の数学教師だった岩田さんは教育哲学が専門で、1年に80冊近い人文書を読み、その半分以上を定有堂で購入していた。

「今後は悔しいけどアマゾンに頼むしかない。もちろんアマゾンで手に入れることはできます。でも、直接見て選ぶことができない、それが困るんです」

定有堂書店の店内
筆者撮影
定有堂書店の店内