再び「あり得ない」を覆す
パクチー銀行は、パクチーハウスの「交流する飲食店」というコンセプトを引き継ぎ、地元の人とお客さんをつないでいる。たまたま来店したある若者は、次の電車で帰るつもりが佐谷さんに誘われて交流会に参加し、コワーキングの利用者であるモンゴル人の経営者と打ち解けて、その人の家に3泊した。その10日後、その経営者が商品の買い付けでモンゴルを訪ねる時には同行したそうだ。
佐谷さんは今、こういった交流を促すだけでなく、これまでにない野望に燃えている。
「ここを圧倒的に面白い町にしたいんですよ。この町にはローカルチェーン以外のチェーン店がない。それってチャンスだと思うんだよね。便利さを売りにせず、ローカルの人たちが自分たちの手を動かす感じで町を作っていく。それを見てなにか普通じゃないことに反応する人たちが集まってくれば、町が変化し始めると思うんですよ」
なぜ、縁もゆかりもなかった鋸南町にそこまで肩入れするのだろうか?
「東京や都市部と違って、ここには遊びができる余白がいっぱいあるんですよ。鋸南町に通い始めてからそれを知って、なんだこれは、最高だなと。それに、僕が住む世田谷だと94万人のうちのひとりに過ぎないけど、鋸南町なら7400人のうちのひとりで、インパクトを出しやすいでしょ。通っているうちに鋸南町の人の優しさに触れ、愛着も湧いてきましたし」
鋸南町を「圧倒的に面白い町」にするためのカギを握るのが、鋸南町に興味を持ち、定期的に通ってくれる人と、人に関心を持って移住してくる人。そういう人を増やすために、佐谷さんは2022年夏、平家との戦に敗れて安房(房総半島)に逃れ、そこから再び勢力を拡大した源頼朝の足跡を巡る総距離210キロのランニングイベント「安房ウルトラシャルソン」を企画するなど、さまざまな取り組みを始めている。
かつて「あり得ない」と言われながら飲食店の経験ゼロでパクチーハウス東京を成功させた男は、再び「あり得ない」を覆そうとしているのだ。
「この町の高齢者の人たちはいつも、ここの商店街は昔、肩がぶつかるぐらい人が歩いてたって言うんですけど若い人、外の人はそんなわけないって疑っているんです。それならまた、自分たちの力でそうしようよって」