残された人の悲しみは、死後も長時間続く

作家のキム・ヨンスは句中の「蝉時雨」に「死の気配」を読む。

「蝉時雨を思い浮かべた時、彼女にはもう死ぬだろうという予感があったであろう。子どもの泣き叫ぶ声までも飲み込んでしまうようなその蝉の声が消えれば彼女はこの世を去ることになるはずだった。一人だけで生きていく世であれば、運命が無理に今、世を去れといっても惜しくはないだろう。

しかし、私たちには皆残される人がいるではないか。残された人の記憶の中でそれが反復される限り、悲しみは長く持続するだろう。『担送車に追ひつけず』という文章はそのように長い間持続する悲しみの一つの姿である。時間はそのように持続する」(『청춘의 문장들』)

秀野の娘である山本安美子はいう。

「父子のいる現世と秀野の行く冥界との距離は未来永劫えいごう縮まることはない」(山本安美子、前掲書

「絶対の孤独」である死をどう捉えるか

岸見一郎『数えないで生きる』(扶桑社新書)
岸見一郎『数えないで生きる』(扶桑社新書)

心筋梗塞で倒れ救急車で病院に搬送された時、私は一人で死ぬというのは何と寂しいことなのかと思ったことをよく覚えている。

死の場合も人とのつながりをどう捉えるかによって孤独を感じずにすむ。たしかに一人で死ぬしかないが、自分の家族や親しい友人が亡くなった時、その人たちのことをすぐに忘れたりはしないだろう。そうであれば自分が死んでも思い出してくれる人はいるだろう。

別れは悲しい。生きている限り、死者に追いつくことはできないからである。しかし、そのような人とのつながりを信じられる人であれば、死の孤独は軽減するに違いない。

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