ドイツ人の後方支援に支えられたカウフマンの活動

だからといって、この行為に危険がなかったわけではない。偽造の「台紙」として提供することは、潜伏ユダヤ人が自分の名を名乗り、自分の証明書を所持して生活することを意味する。もしその潜伏者が身元を疑われ、取り調べの対象になることがあれば、その累は当然、提供者にも及んだ。

ルート・アブラハムと夫ヴァルターに証明書を提供したマリア・ニッケル夫妻がゲシュタポの取り調べを受けたのも、そのためであった。ひとたび警察に嫌疑をかけられれば、救援者たちは自力で疑いを晴らし、窮地を切り抜けなければならない。たとえ証明書は紛失したとか盗まれたと主張するにしても、無事に釈放されるかどうかはわからない。ドイツ人たちは、そうしたリスクを承知のうえで潜伏者のために証明書を差し出したのである。

岡典子『沈黙の勇者たち』(新潮選書)
岡典子『沈黙の勇者たち』(新潮選書)

ドイツ人救援者たちが提供したのは身分証明書だけではなかった。自分や家族の食料配給券を差し出したり、現金を寄付する者もいた。活動に協力する潜伏ユダヤ人を自宅に匿う者もいた。

ドイツ人救援者のなかには、元女子ギムナジウム教師エリザベート・アベックと彼女の救援仲間たちもいた。アベックたちは「チャク・シァルジィ」のメンバーを含め、カウフマンの活動に関与するユダヤ人を多数匿った。いわば後方支援ともいうべきドイツ人たちの尽力なしに、カウフマンたちの活動はあり得なかった。

しかし、こうしたドイツ人救援者からの提供があったにもかかわらず、カウフマンが闇業者からも身分証明書や配給券を入手していたのは、協力者からの提供分だけでは到底足りなかったからである。それほど彼の活動は大規模であった。

編註:カウフマンは1943年8月、何者かの密告が端緒でゲシュタポに逮捕され、そのわずか半年後に58歳で射殺された。

【関連記事】
【第1回】「おい、身分証を見せろ!」ユダヤ人夫婦がナチスドイツで受けた"絶体絶命の尋問"を切り抜けられたワケ
受け入れた中東難民の2人に1人は無職で政府頼み…「EUで最も人道的」なドイツが難民拒絶に転じつつあるワケ
「世界一の富豪」がウクライナを救った…プーチン得意の「情報工作」がまったく機能しなかったワケ
男たちには絶対にできなかった…ジャンヌ・ダルクが百年戦争で連戦連敗のフランス軍を立て直した意外な方法
処女を競売にかけられ、妊娠すると風俗街に捨てられる…26歳女性が英紙に語った「インドの巫女」の惨状