「証明書を持った瞬間にユダヤ人でなくなる」
シェーンハウスは毎週金曜日の夜6時にカウフマンの自宅を訪ねるようになった。シェーンハウスは作業を終えた身分証明書を持参し、それと引き換えにカウフマンから新たな作業用の「台紙」を受け取った。渡される台紙は毎回10部から12部ほどあった。作業に際して、シェーンハウスが証明書の依頼者と顔を合わせることはなく、依頼者もまた自分の証明書を実際に「作成」してくれたのが誰なのかを知らされることはなかった。
このことについて、カウフマンはシェーンハウスにこう伝えている。「いいか、シェーンハウス。君は決して依頼者に会うことはない。それが私の活動の鉄則なのだ。君が証明書を作ってやる相手は、君が誰かを知る機会はない。それはもし最悪のことが起こったとき、彼らの裏切りから君を守るためだ」。
こうして、カウフマンから渡された台紙を自宅に持ち帰り、翌週までに完成させるのがシェーンハウスの生活となった。証明書の加工作業について、シェーンハウスは次のように回想している。
作業にはルーペ、日本の書道で使う細い筆、そして水彩絵の具を使う。偽造の手順は次のとおりだ。最初の作業は、「台紙」に押された公印の鷲と鉤十字の紋章を、他の紙に再現することだ。色もインクの濃さもまったく台紙と同じになるように描き写していく。次にこの絵の上から新聞紙を押し当てて、今描いた絵を新聞紙に写し取る。絵の具が乾かないうちに新聞紙をユダヤ人の写真の隅に押し付けると、「公印」が写真の上に現れる。アイレットを使い、依頼者の顔写真を台紙に貼り付ければ、「証明書」の完成だ。この証明書を持った瞬間から、その人物はもうユダヤ人ではなくなるのだ。
(シェーンハウス 前掲書)
偽造身分証の「職業」が気に入らなかった女性
シェーンハウスが手掛けた精巧な証明書は、カウフマンを大いに満足させた。だが、カウフマンに身分証明書の入手を依頼するユダヤ人のなかには、こんな要求をする者もいた。
あるとき、カウフマンとシェーンハウスが打ち合わせをしていると、ひとりの年配女性が気色ばんで部屋に入ってきた。依頼者は決して偽造者と顔を合わせてはならないというルールを無視した行為である。女性は、「台紙」の職業欄に「ホテル客室係」と書かれていることが気に入らず、苦情を訴えに来たのである。
見るからに品の良い、白髪のその女性は言った。「ドクター・カウフマン、私は商業顧問官の妻なんですのよ。それなのにホテルの客室係だなんて。誰がどう見ても、そんな職業の人間には見えませんわ。この職業欄は書き換えてくださらなければ!」。