「血流増大=脳がよく働いている」は本当か

生きている人の脳活動を測定できる脳機能イメージングは、データの正しい見方さえ知っておけば、大変意味のある魅力的な研究方法である。そのため、人がさまざまな課題を行っているときの脳機能イメージングを比較することで、言語、認知、記憶、感情などに関わる脳活動を調べた研究が世界中で行われており、多くの知見をもたらしてきた。

大学で講義するときも、ニューロンの発火やシナプスでの信号伝達については、脳に特別に興味をもつ学生は別として、あまり反応がないが、脳機能イメージングの話になると、対象が人であるということと、データ(画像)が綺麗でわかりやすいということもあり、文系・理系を問わず多くの学生が顔を上げてくれる。

しかし、画像に表れる活動量(血流)の増大が意味していること、つまりその解釈については注意する必要があり、それは研究者にとっても同様である。

一般的に、ある部位の血流がより増大していると、その部位がより働いていると解釈される。たとえば、他者の顔を覚える課題を行っているとき、側頭葉の血流が増えれば、顔を記憶するときは側頭葉が働いており、そこで記憶が形成されると解釈される。そして、働いているということは「よいこと」であると解釈される。よく働く人が高く評価されることと同じである。

そのような、血流量が増大している=脳がよく働いている=それはよいことである、という解釈の典型が、一時期、全国的というか世界的にも流行ったコンピュータゲームやドリルによる「脳トレ」であった。

「脳トレ」では脳機能は改善しないことが分かった

脳トレの根拠となった研究では、単純な計算、あるいは漢字の演習や音読などを繰り返すと、特に高次機能に関わるとされている前頭葉の血流が広い範囲で増大するという結果が得られた。

スマホを使用して脳トレするイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです

その結果から研究者は、脳トレが脳を鍛えて衰えを防ぐ、あるいは脳の機能を向上させると結論づけ、実際に認知症が改善した患者さんの例も紹介した。そして、脳トレ用のコンピュータゲーム機は全世界で3000万個以上売れ、シリーズで発売されているドリル類も、国内で合計数百万冊のベストセラーとなり、それは現在も続いている。

しかし、海外で実施された大規模調査の結果、高齢者が脳トレを繰り返しても、認知機能や記憶機能が改善するという事実は確認されず、認知症の予防効果もなかった。脳トレをすると前頭葉の血流量が増えるというデータはまちがいない事実であることから、脳の血流量の増大、つまりニューロン集団の活動量の増大は、必ずしも機能の向上にはつながらないということがわかる。