元気な人がやればいい

オイシックス社長
高島宏平

1973年、神奈川県生まれ。聖光学院高校から東京大学工学部へ。大学院工学研究科を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2000年にオイシックスを設立。「東の食の会」などボランティア活動にも尽力する。著書『ライフ・イズ・ベジタブル』。

20年ごろには誰もがフレキシブルな働き方を選択できるようになる。そう予想するのは、オイシックス社長の高島宏平も同じである。

「政治でも経済でも、世代交代が大きく進みます。といっても、年齢順に偉くなるという旧来の仕組みがなくなるだけで、高齢の方がそのまま引退するわけではありません。たとえば20代、30代のベンチャーの社長のもとで70代の人たちが働いているとか、そういうケースが増えるでしょう」

背景にあるのはもちろん、少子高齢化の急速な進展だ。

「絶対的な人口は減っていくにしても、その中で『アクティブ人口』が増えていけばいいんです。いままでなら引退していた年齢の方々も、内心ではアクティブでい続けたいと思っているわけです。ならば、そういう働き方が開発されていくと思いますよ」

東京・五反田のオフィスで飄々と語る高島は、コンサルティング会社マッキンゼー出身の起業家だ。まるで土地勘のない有機野菜のネット販売にチャレンジし、苦心惨憺の末に年商126億円にまで育て上げた軌跡は、ふだんの物腰からは感じられない。

神奈川県生まれだが、親の転勤にともない、主に東日本のさまざまな町で少年時代を過ごした。仙台市にも縁がある。

そのせいだろうか、東日本大震災の発生以来、何度も現地入りしては支援のあり方を考え続けた。震災から3カ月後には「東の食の会」を立ち上げ、被災した農家や漁師の生産物を全国各地の流通・外食企業に橋渡しする仕組みをつくり上げた。起業家仲間に呼びかけて、東北の若者に奨学金を支給したり、リーダーシップ教育を施したりするのが主眼の「BEYOND Tomorrow」をスタートさせたのも高島だ。

縁があるとはいえ、なぜそうまでして被災地の人々を救おうとするのか。

「あまり考えたことはないんです。ただ、震災後のカオスの中で、いったい何をやればいいのか。明治維新を扱った本を読んでみて僕が至った結論は『こういうときは元気な人がいろいろやればいいんだな』ということです。メリットなんか考えません。多少軋轢があっても強引にプロジェクトを立ち上げたり、人を巻き込んだりするのが僕は比較的得意です。頭を使って『正しいこと』を言葉にするよりも、得意なんですよね、実行が」

高島は照れたように、少しぶっきらぼうに説明した。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(的野弘路、本田 匡=撮影)
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