ITは人生後半の「快適幅」を広げる

もっとひどい例もあります。私がイベント会社の重役と話していたときのこと。その70代の重役が私にこういいました。

「今度、ちょっとご相談したい企画がありまして、後日、お電話させていただきます」

私はこう答えました。

「メールで企画書を送っていただけますか」

私のいつもの仕事の進め方です。するとこんな答えが返ってきました。

「すみません。メール、できないもので……。エヘヘ」

私がもらった名刺には、しっかりとメールアドレスが書いてあります。戸惑っている私の表情に気づいたのか、彼はこういいました。

「わかりました。部下にメールさせます」

私はどう答えていいのかわかりませんでした。

知人から聞いたエピソードにせよ、私が遭遇した御仁にせよ、なぜ若い人に「教えてください」といえないのでしょうか。それができない高齢者は悲しい存在です。

百歩譲って、人前でそれがいえないなら、誰も見ていないところで頭を下げてみてはどうでしょうか。日常生活に困らない程度のスキルはすぐに身につきます。なにもグラフィックデザイナーやプログラマーになれといっているわけではありません。

もし、あなたがパソコンなどのITを苦手にしているのなら、いまからしっかりと学習しておくべきです。これからはビジネスシーンであれ、プライベートシーンであれ、直接人に会う機会は激減します。クラス会、同郷人会といったイベントも同じでしょう。

他人とのコミュニケーションが、好むと好まざるに関係なく、IT中心になることは間違いありません。

「携帯電話がある」

そう反論する人がいるかもしれませんが、若い人の中には、一切電話には出ないという人も少なくありません。ましてや、年齢を重ねれば耳が遠くなる可能性もあります。

ITがわからない人は「孤立」の憂き目にあうことを覚悟しなければなりません。ITは「散り散りの時代」を「老春時代」にするために不可欠なものです。

「教えてほしい」これだけでいいのです。人生後半の「快適幅」が広がります。

「老春」を過ごすためには欠かせないたった1つの要素

知人からの受け売りですし、それがどこにあるのかは忘れてしまいましたが、ある古代遺跡の壁には「最近の若い者は……」という意味の古い言葉が刻まれているそうです。「そうかもしれないな」と思わず納得してしまいます。古今東西、高齢者の口癖なのでしょう。

高齢者はとかく、自分の経験則、価値観に縛られ、新しいこと、自分がにわかに理解できないことに対して、一方的な拒否反応を示してしまいます。こういう発想をしているかぎり、その人に「老春時代」は訪れません。

公園で話す祖父と孫娘
写真=iStock.com/Barbara Lorena Vergara
※写真はイメージです

「春」は英語では「SPRING」。ほかに名詞としては「泉」「水源地」といった意味やほかにも「弾力」「活力」「成長期」という意味があります。動詞としては「跳ねる」「飛び立つ」「芽を出す」といった意味があります。

いずれにせよ、ポジティブで清々しいイメージを喚起する言葉です。

ところで、「最近の若い者は……」という言葉ではじまる発想からはほとんどの場合、古臭くて、かたくなで、独善的な結論しか導き出されません。

もちろん、古いことがすべて悪とは思いませんし、キャリアを積んだ人を「最近のジジババは」とひとまとめに否定するつもりもありません。それでは「最近の若い者は」と同じ穴のムジナになってしまいます。

けれども、古くていいものを評価することがそのまま、新しいものへの評価を拒む姿勢につながってしまうのは悲しいことです。そうならないために忘れてはならないことがあります。

「わからない」

先にも述べましたが、新しいことに対して、まずこういえるようなスタンスを持つことが、「老春」を過ごすためには欠かせません。

「わからない」と素直にいう姿勢は、そのことに対する好奇心、理解への努力を生み出します。そのうえで、自分にとって必要なものなのか、そうではないものかを判断すればいいのです。

新しいものに対して、知ったかぶりをしたり、確かめもせずに拒否反応を示したりするだけでは、残りの人生をつまらないものにするだけです。