主義主張については前述のように、非常にリスクが高い。本人の主張ではないが、出版社として代弁する役割を担っている点は、重視されるだろう。また、出版物が繁体字とはいえ、中国語で書かれている点も大きい。影響力についても、近年は自身のラジオ番組も持つなど、存在感を増していた。

今回拘束された富察氏は台湾に住む中国国籍だ。共産党にとっては、中国籍を放棄する前の「中国国内の中国人」として拘束するほうが、台湾や国際社会からの批判を避けやすいと踏んだのだろう。結果論ではあるが、今回のように政治的な理由で中国渡航のリスクが大きい場合、特例として除籍証明の提出を猶予できないものかと思う。日本人の私が語るのは、余計なお世話かもしれないが。

この10年で激変したチャイナ・リスクを軽視してはいけない

富察氏が台湾に渡航した2009年は胡錦濤政権下にあり、自由な言論に対する締め付けや圧力は、習近平政権の現在に比べると、相対的に小さかった。

しかし、この10年ほどの変化は非常に大きい。香港の言論の自由が奪われ、台湾有事に関する議論が熱を帯びるにつれて、富察氏が台湾で中国政府の嫌がる出版物を発行するリスクも高まった。中国共産党が台湾問題にいっそう敏感になっている証左であろう。

今回の富察氏の拘束を、香港の言論弾圧を象徴する前述の「銅鑼湾書店事件」になぞらえる見方もある。台湾は香港と違ってそう簡単に手を出せる場所ではないが、強い経済力を背景に、中国は今後もさまざまな手段を駆使しながら、ゆっくりと台湾の言論空間を中国寄りに変容させていこうとするだろう。

富察氏は台湾に戻れるのだろうか。銅鑼湾書店事件で逮捕された店長らは、おおむね半年程度で釈放された。中国ではスパイ罪は罪状によって刑期が異なるが、軽い場合で3~10年、重い場合は10年以上と定められている。過去にスパイ罪などで中国当局に拘束された台湾人は、4~5年ほどの刑期を課せられた例が報じられている。

これらを勘案すると、富察氏のケースは少なくとも数カ月、長ければ5年ぐらい拘束される恐れもある。ただ中台関係、さらには米中関係からも影響を受けるため、はっきりしたところは中国当局にしか分からないだろう。

政治的に敏感な出版物を扱うことに不安はないかと尋ねた際、富察氏は短く「心配はしていない」と自分に言い聞かせるように明るく答えていた。まずは無事に台湾に戻れることを、願うばかりである。

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