『あなたは漢民族ではない 民族100年の呪いを解く』の説明文には、漢民族とは清朝滅亡後の近代化の過程で作られた概念に過ぎず、100年程度の歴史しか持たないなどとある。興味深い指摘だが、こちらも中国政府から見れば、非常に好ましくない書籍と言える。
異なる立場、意見を伝えようとした「視野の広い文化人」
台湾の政府関係者によると、富察氏が拘束された原因は、八旗文化が中国共産党の歴史観や意識形態とは異なる書籍を多数出版していたことにあり、同社の書籍は中国国内では発禁扱いとなっているという。
実は私(筆者)は2018年に、富察氏に直接取材をしたことがある。
上述の『大東亜戦争肯定論』の中国語訳が出版されたタイミングで、出版の経緯や売れ行きなどを聞いた。『大東亜戦争肯定論』は書名はいかにも歴史修正主義という感じだが、決して全肯定しているわけではなく、歴史を長軸のスパンで捉え直そうという試みであり、読んでみるとそこまで単純な内容ではない。
取材した当時、富察氏は
「正しい正しくないは別として、日本側から見た歴史観を紹介したかった」
と語っており、中国政府の見解とは異なる立場の見方にも、関心を持っているようだった。人柄はとても快活、朗らかで、実年齢よりも若々しく見えた。中国とは逆の立場の意見を知ることで、より多面的なものの見方ができると考えていたのかもしれない。中国で生まれ育った人間でも、これほど“自由な”考え方ができるのかと驚いた。
中国にとって不都合な事実や見方も、まずは相手の考えを知った上で相対的に論じようという態度で、私の目には視野の広い文化人に見えた。
香港民主派の弾圧は出版関係者の拘束から本格化した
出版関係者の逮捕と言えば、2015年に香港にある「銅鑼湾書店」の店長や株主ら5人が相次いで失踪、拘束された事件が思い出される。書店親会社の株主である桂民海氏は、スウェーデン国籍でありながら、タイ・パタヤのリゾートマンションで連れ去られた。
銅鑼湾書店は当時、『習近平とその愛人たち(習近平与他的情人們)』といった、中国大陸では販売できない発禁本を多数扱っていたため、中国政府から圧力を加えられた。
香港ではその後、2019年の大規模デモと国家安全維持法の制定を経て、中国共産党に対する体制批判やゴシップ、天安門事件の再評価などの言論は一掃された。今回の富察氏の拘束を受けて、香港に続いて台湾の言論空間まで自由が奪われてしまうのかと危惧する声もある。とはいえ、その点はもう少し慎重に見極めたほうが良いかもしれない。
最近では、日本の大学に留学していた香港人の女子学生が3月上旬に香港へ一時戻った際、留学中に香港独立を支持するメッセージをSNSに投稿したことが問題視され、国家安全維持法違反の疑いで当局に逮捕された。女子学生は約2年前、フェイスブックにデモを支援するスローガンを転載し、その中に「香港独立は唯一の道」との文言があった。