シバセ工業のマーケティングとイノベーション

米ベストセラー作家のクリス・アンダーソンが提唱する第3次産業革命「メイカームーブメント」を実践しているのだろうか。デジタル技術を駆使した「ものづくり革命」がメーカームーブメント。ここでは製造業の民主化が進み、多品種・少量生産をテコに零細企業でもイノベーションの担い手になれる。

米経営学者ピーター・ドラッカーによれば、企業価値を高める基本機能は二つしかない。マーケティングとイノベーションだ。

シバセ工業の場合、薄肉パイプに特化した多品種・少量生産のシステム構築がイノベーションである。しかし、どんなに優れた技術があっても顧客がいなければ話にならない。そこで登場するのがマーケティングだ。

シバセ工業はどうしたのか。自社ウェブサイトの開設である。

そんなことは当たり前ではないのか? その通り。しかし、シバセ工業がウェブサイトを立ち上げたのは2001年のことであり、当時としては先進的だった。

実際、中小企業の間ではウェブサイト開設は珍しく、ストロー業界ではシバセ工業が第1号だった。1999年に同社に入社した磯田が大学時代からパソコンを使いこなし、インターネットの重要性を理解していたからだろう。

彼が最初にパソコンを購入したのはパソコン黎明れいめい期の1981年。アップルのApple IIがヒットし、日本でもシャープ、NEC、富士通といったメーカーがパソコンを発売したばかりであり、オペレーティングシステム(OS)の「ウィンドウズ」もまだ登場していなかった時期である。

「工業用・医療用ストロー」という造語

磯田はウェブサイトを使い、「ストロー=飲料用」という固定概念を打ち砕こうと考えた。汎用品が中心の飲料用で勝負するつもりは毛頭なく、「飲料用以外も含めれば潜在市場は膨大であるはず」との読みに賭けていた。

キャッチフレーズとして「飲料用以外」ではインパクトに欠ける。そこで彼が編み出した造語が「工業用ストロー」「医療用ストロー」だった。

工業用・医療用であれば本来なら「パイプ」「チューブ」という用語が適切だ。工業用パイプには塩ビ管があるし、医療用チューブにはカテーテルがある。

とはいっても磯田は「パイプ」「チューブ」という土壌で戦いたくなかった。日本国内には無数のパイプメーカーやチューブメーカーが存在しており、新規参入のハードルは高いとみていた。

対照的に、工業用・医療用ストローは真新しい分野であり、ライバル会社が皆無の「ブルーオーシャン」という状況が生まれていた。「工業用ストロー」「医療用ストロー」というネーミングであれば「これは一体なんなの?」といった興味を引き、ネット検索で上位に登場する可能性が高くなる。