たしかに、日本はノーベル賞受賞者を多数輩出している。しかし、お金になった研究は中村修二氏の青色発光ダイオード(LED)や本庶佑氏のがん免疫治療薬オプジーボなど数少ない。

一方、中国の科学技術分野のノーベル賞受賞者は1人だけだが、特許数はすでに日本を上回り、ユニコーンやデカコーンも多数生まれている。もはや、科学技術力をはかる指標として、ノーベル賞に意味がないことは明らかだ。

私もMITで博士号を取った学者の端くれであり、基礎研究の大切さは重々承知している。しかし、基礎研究に途方もない額を突っ込んで、20年~30年後に期待するのは暇な時代の発想だ。お金がかかる研究といえば、宇宙開発や線形加速器、ITER(核融合実験炉)。日本でもカミオカンデで小柴昌俊、梶田隆章氏などがノーベル賞を受賞している例が思い浮かぶ。しかし日本の産業が世界から取り残されつつある今、金食い虫の研究に特別にお金をかける余裕はない。

お金を出すとしても、その受け皿はなぜ国立の研究所ではなく大学ばかりなのか。たとえば人類に残された最大の悩みは「がん」だが、お金が10兆円もあるなら国立がん研究センターなどに注ぎ込んで、世界中から優秀な医者や研究者を招聘しょうへいしたほうがいい。政府はお金の使い方が本当にヘタだ。

起業に必要なのはお金ではない

10兆円ファンドの創設は、海外の一流大学に比肩する大学を日本から生み出すことも目的のようだ。シリコンバレーの中枢を担うスタンフォード大学のような、国際競争力を持つ超名門大学に、政府は憧れを抱いている。しかし、なぜスタンフォード大学が成功しているのか、まったく理解していない。

では、スタンフォード大学はどうやってシリコンバレーの起業家を養成しているのか。私はスタンフォード大学のビジネススクールで客員教授を2年間やっていたのでよく知っているが、重要なのは「お金」ではない。起業家養成に欠かせないのは「出会い」だ。

大学の教室
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1990年代に世界のソフトウエア産業をリードしたサン・マイクロシステムズは、大学内の出会いで誕生した。まだオフコンの時代だった82年、大学から校内LANの構築を頼まれたスコット・マクネリーが、インターネットの神様と呼ばれていたカリフォルニア大学バークレー校のビル・ジョイに声をかけた。ミーティングしたのは、スタンフォードの街角にあるマクドナルドの2階。そこで起業が決まった。社名のSUNは太陽ではなく、Stanford University Networkの略である。