怖いジジイとウザいジジイ(次回予告)
ハロルド・ジェニーンは、58四半期連結増益という偉業をなしとげた名経営者だ。にもかかわらず、この本には驚くほど「自慢話」の要素がない。虚飾がない。ひたすら地味である。無私といってもよい。将来の経営者に対して、経営者とはこういうものなんだとわかってもらいたいというピュアな気持ちが伝わってくる。理論なんかで経営はできない。人間への洞察がものを言う。優れた経営にアメリカも日本もない。流行りもすたりもない。経営者の仕事というのは、誰かの成功事例や、学校で習った知識がそのまま役に立つような甘いものではない。国も時代も超えた本質を掴み取ってほしいという一筋の思いだけでジェニーンはこの本を書いたに違いない。
僕は経営者の評伝や自伝、回想録を人よりずいぶん多く読んでいる方だと思うが、これほど無私な本にはお目にかかったことがない。自慢でもなく、記録でもなく、懐古でもなく、自分の経験を凝縮した経営の教科書としてこの本を書いている。自分の経験と思考を後世の経営者に役立ててほしい、よい経営をしてほしいという一念で書いている。怖いけれども偉いジジイである。
ところで、この本とぜひペアで読んでいただきたい本があるので、次回はそれをとりあげる。マクドナルドの創業者、レイ・クロックの自伝『成功はゴミ箱の中に』である。両者とも経営と経営者の本質を生身の人間の直接経験(のみ)からとらえようとしているところは共通している。しかし、そのスタイルは大きく異なる。この好対照が面白い。
ジェニーンがプロの大企業経営者だとすれば、クロックは典型的な創業経営者。性格も、ジェニーンはわりと暗く、無駄口は一切叩かない人だと想像する。クロックはひたすら明るく饒舌だ。
クロックの本は、ビッグマック(朝だったらメガマフィン)とフレンチフライ(もちろんLサイズ)とコーク(もちろんゼロではなく砂糖いっぱいのクラシック。言うまでもなくサイズは特大)を口いっぱいに頬張りながら、「このとき俺はこう思ったんだよね。なんと!そしたらさあ、これが驚きの……」などと自分の話(わりと自慢話が多い。というか、ありていに言って自慢話と武勇伝のオンパレード)を、相手の気分はお構いなしにわんわんとがなり立てているようなテイストに仕上がっている。かなり脱線もする。中年過ぎの脂っこいおっさんの恋と冒険。ジェニーンが「怖いジジイ」だとしたら、クロックはどうしようもなく「ウザいジジイ」である。しかし、これがやたらと天真爛漫で、西海岸の青い空のようにスカッとしている。
僕の勝手な想像だが、クロックはマクドナルドの店でハンバーガーを食べながら30分だけ話しを聞くぶんにはものすごく楽しい人だが、一緒に仕事するとうんざりすることもしばしばありそうだ。それでも、いなくなると妙に寂しいというのがクロック。逆にジェニーンは辛気臭くて一緒に仕事をするのはつらそうだけれど、深いところでじわじわとくる。目は口ほどにものを言い、男の背中が物語るというタイプだ。
ということで、次回は『成功はゴミ箱の中に』をとりあげる。今後ともひとつご贔屓にお願いいたします。