やたら「企業家精神」を礼賛しないところがイイ

プロフェッショナルマネジャー
[著]ハロルド・シドニー・ジェニーン[編]アルヴィン・モスコー[訳]田中融二[解説]柳井 正 (プレジデント社)

ジェニーンが退任してから、ITT内で「創造的マネジメントに対するハロルド・S・ジェニーン賞」という制度が設けられた。社員30万人のうち、創造的な働きをした人を5、6人表彰して賞金を出すというものだった。ここでもジェニーンは受賞者について「創造的であはるが、起業家的と呼ぶのは至当でない」と念押ししている。なぜこれほど優秀な人たちが、何もかも独力でやって、利益を一人占めにしようとせず、会社のために富を創造することができたのか、という問いを立てたうえで、ジェニーンは、それは何よりもパーソナリティの問題だと答えている。ほとんどの会社員は、会社が与えてくれる挑戦と報酬に満足している。必要とあらば残業もするだろう。しかし、過大なリスクをものともせず、独力で事業を起こして成功したりすることには、そもそも多くの人はあまり関心がないというのである。

「企業家精神が大切だ!」とか「シリコンバレーに学べ!」というような浮ついたことをジェニーンは決して口にしない。それどころか、ITTのマネジャーには、起業家精神に溢れた人は必要ないとまで言っている。この欺瞞のなさ。率直さ。ジジイのこういうところに僕はシビれる。

本書の素晴らしいところの一つに、エピソードがとても豊かなことがあげられる。本質的な原理原則であるほど、ともすると当たり前の話として受け流されてしまう。よほど文脈の部分を手抜きなく丁寧に説明しないことには人の心に響かない。これでもかというほどきっちり文脈を押さえたうえで諄々と問いかけ、語りかける記述のスタイルは、類書にはない迫力で五臓六腑に染み渡る。推測だが、ジェニーンは在籍中からITTのマネジャーや社員にこういうスタイルで言って聞かせていたのではないだろうか。いいかお前ら、そこに座ってよく聞け。経営ってものはな……というように。