社会党党首を刺殺した少年は明確な意思を持っていた
今回の木村容疑者は逮捕後、取調官に黙秘すると告げた後、日本弁護士連合会元会長の宇都宮健児弁護士に弁護を依頼したいと訴えたという。
宇都宮弁護士は3回都知事選に出馬し、脱原発、反貧困を訴えている人権派弁護士。だが宇都宮弁護士とは連絡がつかず、地元和歌山県弁護士会所属の弁護士に決まったという。
宇都宮弁護士は文春に対して、選挙期間中に暴力で自分の意見を主張することは許されないとして、「暴力の連鎖が当たり前の社会になると民主主義や、言論を通じて物事を解決していくという原則が崩れてしまうからね」と話している。
しかし、時の首相を狙った大胆な犯行のわりには、木村の動機は判然としない。
私はそのやり方を是としないが、浅沼社会党党首を刺殺した山口二矢は当時17歳だったが、逮捕後に「日本を赤化から守りたかった」と語っているように明確な意志を持っていた。
この事件を取材して『テロルの決算』(文春文庫)を書いた沢木耕太郎は、その中でこう記している。
「二矢は十六歳になって間もなく、わずかな身の回りの品を持って家を出た。『愛国運動に挺身する』といい、浅草にある大日本愛国党の本部で寝泊まりするようになった。やがて高校も中退し、右翼の政治活動に没頭していった。愛国党の党員として十七歳の誕生日を迎え、家を出て一年が過ぎた」
新しいテロの時代の幕開けなのかもしれない
逮捕後に山口はこう供述している。
「左翼指導者を倒せば左翼勢力をすぐ阻止できるなどとは考えていませんでしたが、これらの指導者が現在までやってきた罪悪は許すことができなく、一人を倒すことによって今後左翼指導者の行動が制限され、煽動者の甘言によって付和雷同している一般の国民が、一人でも多く覚醒してくれればそれでよいと思いました」
山口は11月2日、東京少年鑑別所で自殺した。
彼の死後、右翼の人たちに英雄視され偶像化されたためもあってか、山口に続くテロリストはその後出てこなかった。
それから60年以上たって安倍元首相暗殺事件が起こるのだが、実行犯の山上の犯行動機は、安倍元首相への直接的な憎悪でもなければ、政治的なものでもなかった。
山上被告の統一教会への怒りは理解できるが、教会は警戒が厳重だったから、警備が手薄な選挙の応援演説をしている安倍氏を狙ったという“動機”は、私には理解できない。
ましてや、自分が選挙に立候補できないからという理由で、時の宰相を狙った木村隆二の短絡的な動機は、それが本当だとしたら、新しいテロの時代の幕開けなのかもしれないと危惧するのである。