女優のために無関係の大統領を狙撃したケースも

アメリカでは多くの大統領たちがテロに遭い、命を落としている。

その中で、銃撃されたがシークレットサービスの好判断で一命をとりとめたロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件は、今も語り継がれるほど奇跡的なものだった。

咄嗟の判断でレーガンの命を救ったジェリー・パーの『シークレットサービス レーガン大統領の命を救った男』(中央公論新社)によると、事件の当日、66人のシークレットサービスがレーガンを取り囲むように警護していたという。

インカムに手をやるボディーガード
写真=iStock.com/LightFieldStudios
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だが、警護をあざ笑うように、銃弾はレーガンを襲った。

「最初の射撃音の時、私はすでに動いていた。『覆いかぶさり、そして脱出』。私はレーガン大統領の後ろとズボンをつかみ、右手で彼の頭を押し下げ、彼を車の中に投げた。(中略)

レーガンは倒れないよう両腕を伸ばした。彼の胸は、私の全体重がもろに乗った状態で、床の突起に激突し、頭が座席シートにぶつかった。(中略)『ここから脱出だ! 行け、行け、行け!』私は叫んだ。第一弾の発射から三秒後、大統領車は走り出した」

ホワイトハウスに向かうはずだったが、思っていたよりはるかにレーガンは重傷だった。ジェリーはとっさの判断で車を大学病院に向かわせた。これがレーガンの命を救うことになったのである。

厳重なはずの警備をすり抜け、レーガンに銃弾を撃ち込んだのはジョン・ヒンクリーだった。彼がレーガンを暗殺しようとした動機は、女優のジョディ・フォスターに対する偏執的な愛情からだった。

「頭のネジが外れている」と非難することはたやすいが…

大学生の頃、ヒンクリーは映画『タクシードライバー』(1976年)を観て、12歳の売春婦を演じたフォスターに憧れ、何度も彼女に接触しようと試みる。それが失敗したヒンクリーは、「歴史上の人物になり、フォスターと同等の立場にたつため」に、大統領暗殺を考え始める。

最初はジミー・カーター大統領を付け狙うが、重火器所持で逮捕されてしまう。その後、精神的におかしくなり、今度はレーガンをつけ狙うようになる。

ヒンクリーは襲撃前にフォスターに手紙を2通書いたという。そして大統領専用車に乗り込もうとした瞬間のレーガンを狙撃し、左胸に命中させたのである。しかし、逮捕されたヒンクリーは、精神異常だと判断され、無罪となってしまった。

政治的信条でもなく、個人的な恨みでもなく、女優に好きになってもらうために大統領暗殺を実行する人間を、「頭のネジが外れている」と非難することはたやすい。だが、はっきりとした動機のないテロほど恐ろしいものはないのではないか。

自分が金持ちになれないのも、女優と恋愛できないのも、東大に入れないのも、みんなこの国の宰相が悪いからだと鬱屈した思いを抱いている人間が、闇サイトで手に入れた銃や爆弾で、時の首相を狙うようにならないだろうか。