戦略ストーリーは組み合わせではなく列
第2に、何をやるかよりも、それをやるタイミングと順番、そしてその背後にある論理にこだわっているのがいい。物事が起きる順番にこだわる。これがストーリーという戦略思考の肝である。戦略ストーリーの本領は時間展開にある。この点で、戦略ストーリーは「ビジネスモデル」と言われるものと異なる。これは数学でいう「順列」と「組み合わせ」の違いに似ている。いま2つの要素aとbがある。「ビジネスモデル」という話は、単純に組み合わせを問題にしていることが多い。組み合わせであれば時間的な順番は問われない。つまり、組み合わせ(a, b)と(b, a)は同じである。
しかし、順列になると話は変わってくる。まったく同じ2つの要素で構成されていても、aの後にbがくるのと、bの後にaがくるのとでは意味が違う。何をするべきで、何をするべきでないかは、時間の流れの文脈の中においてはじめて決まる。時間的文脈から切り離してしまっては、個別のアクションの良し悪しはわからない。a→bだと最高に効果があることが、同じことであってもb→aという順番になるとまるで逆効果になることもある。戦略ストーリーは組み合わせではない。順列である。
岡田氏はレコーディング・ダイエットを、飛行機になぞらえて、次の8段階に分けている助走、離陸、上昇、巡航、再加速、軌道到達、月面着陸、月面リゾートの生活。助走の期間では、ガマンは禁物だ。むしろ、痩せよう、食べるものを減らそうなどとは思わずに、「ダイエットしたくなるのをガマンする」ぐらいでちょうどいい、精神的にきついことはいっさいするなというわけだ。岡田氏の場合、実際に書き出してみると、自分は深夜、ひどいときには10分おきに何かを口にしていたという。さすがにこれには岡田氏も愕然とする。いかに「太るための努力」を続けてきたのかという話である。
このことを意識するだけで生活のパターンが少しずつ変わっていった。食べたものを記録してみると、ほかに何もしなくても5カ月で10キロ痩せた。摂取するカロリーを制限するよりも、無意識のうちに太る行動を避けるようになること、これが助走フェーズでは最も大切になる。ただ、これをダイエットの終盤でこれをやると、致命的だ。戦略ストーリーが時間展開であり、それは順列の問題だというのは、そういうことである。
助走を経て、離陸という第二段階になると、食べたもののカロリーを実際に計算し、体重と体脂肪を毎日計らなければならない。そして、どうやれば総カロリー数を減らせるかを想像する。しかしこのフェーズではまだガマンは禁物である。ストーリーの時間展開のでいえば、まずは何キロカロリーとっているかを「知る」ことが大事なのだ。その先の上昇期に入って初めてカロリーを「制限する」という考え方が出てくる。
上昇期になってはじめて「1日の摂取カロリーを年齢・性別にあわせて決め、それを守る」というダイエットらしい項目が登場する。ところが、ここでも岡田氏は「ダイエットは意志力ではない」ことを改めて読者にリマインドする。意志があれば痩せられるという話じゃない。仮にそうなら、最初から太ってはいないのである。だから意志ではなくて、知恵で乗り切るのだと諭す。痩せる努力をするのではなく、太る努力をやめる。このコンセプトがストーリーのあらゆるフェーズに一貫して流れている。
たとえば、先にも述べた、「無理な運動はしないこと」という注意である。この段階で欲張りすぎて二兎を追うのは絶対禁物、好きでやるなら勝手にやればいいが、食べた分だけ運動しなくてはと考えてはいけない。「やせるための努力」として運動すると、お腹が余計に空くし、今日はこれだけ運動したからとつい食べ過ぎてしまう。ストーリーの文脈に置いてみれば、この段階での運動はコンセプトからの逸脱を招き、ストーリーの一貫性をむしろ壊してしまう。ここでのターゲットは何よりも総摂取カロリーの抑制にある。食べ過ぎたと思ったら、急いでやせるための運動をするよりも「いま以上太らない」ように、数日間食事を抑えたほうがいい。
ことほど左様に、レコーディング・ダイエットは、何をどういう順番で手をつけるべきか、そしてそれはなぜなのか、構成する要素をつなぐ因果論理が実行している本人にとって手に取るようにわかるように組み立てられている。きわめてロジカルなのである。
人間は時間の流れからは逃れられない。時間展開についての洞察が深いほど、戦略ストーリーを実行する人間に対する洞察もまた豊かになる。レコーディング・ダイエットは人間の本性をとらえたストーリーになっているので、実行しているうちに「好循環」のスパイラルに乗ることができる。行動の変化(記録する)→心理的変化(メモをとるのが面倒)→行動の変化(むやみに食べない)→物理的変化(やせる)→心理的変化(楽しくなる)→行動の変化(工夫する)→物理的変化(やせる)→心理的変化(もっと楽しくなる)……という螺旋的発展をしながら「ごく普通に生活をしながら、太ることもなく体重を維持できる」というゴールに到達する。戦略ストーリーと実行する人の中で起きるプロセスとがシンクロしているところが素晴らしい。
第3に、このダイエット法が素晴らしいのは、これまでの話でもわかるように、飛び道具にまったく依存していないところだ。カロリーを抑える夢のような食品や薬品、お腹をへこませる強力なマシンといった類のものは一切必要ない。紙と鉛筆と体重計だけあればできるようになっている。この連載でも繰り返し言っていることだが、すぐれた戦略ストーリーの重要な条件の一つは、必殺技に頼らないことである。
ものすごくお腹いっぱいになって、体にもよくて、栄養バランスも申し分なく、でも太らない、といった画期的なダイエット食品を前面に押し出す類のダイエット法にしばしばお目にかかる。こうしたダイエット法には、最初から戦略ストーリーが欠如している。効果も疑わしいと考えてよい。ストーリーがないから必殺技に依存してしまうのである。どこにも飛び道具はない(あったとしてもとてつもなくコストがかかるか、健康を壊してしまうというようにほかの要素にしわ寄せがかかって元も子もなくなる)、だから一見なんでもないような打ち手を時間的な文脈に置いてつなげていく。その配列の因果論理で勝負するというのが優れた戦略ストーリーに共通の特徴である。