読売新聞グループ本社主筆・渡辺恒雄氏(96)は、太平洋戦争を知る最後の世代だ。東大在学中に学徒動員で陸軍砲兵連隊に配属となり、そこでの経験から一貫して「反戦」を訴えてきた。いったいどんな軍隊生活を送ったのか。NHKスペシャル「渡辺恒雄 戦争と政治 戦後日本の自画像」を制作したNHKチーフ・プロデューサー・安井浩一郎さんの著書『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』(新潮社)から一部を紹介しよう――。
読売ジャイアンツ出陣式で挨拶をする渡辺恒雄読売新聞グループ本社主筆
写真=時事通信フォト
読売ジャイアンツ出陣式で挨拶をする渡辺恒雄読売新聞グループ本社主筆=2021年3月22日、東京都千代田区[代表撮影]

稀代のメディア人・渡辺恒雄が「反戦」を訴え続ける理由

哲学者を志して大学に進学した渡辺だったが、入学後間もなく、学徒勤労動員で新潟県関谷村(現関川村)に赴くこととなった。その地で約二カ月間、棚田の開墾や田植えなど、慣れない農作業に従事することになる。

そして六月二九日、ついに軍隊からの召集令状、いわゆる「赤紙」が届く。大学在学中の渡辺も、学徒出陣により徴兵されることになったためだ。召集令状が届いた日、渡辺は日記にその思いを書き記している。