大学は「型にはめる」ところ?

――大学は学生を型にはめていってる気がした?

型にはめていくところだと、僕は感じちゃいました。

――慶應SFCですら? それはきっと学長にとってショックな話ですね。

高校や受験という呪縛から解かれて、履修を組んだり、サークルに入ろうなんてことをやっていると、その環境にいるだけで満足感に溢れてなんだかやってる気がしてしまう。僕だってつられそうになってしまうくらい。実際楽しいんだと思います。もちろんその期間が大切と言われることもわかります。

僕は早めに東京にでてきていくらでも自由にやったから、たった今なにかの呪縛から解かれたということではない。僕は大学をみなさんと同じ時間で卒業できるか分からないですけれど……。

――(笑)。

面白い授業だけしかとらないと決めているんですが、竹中(平蔵)さんの授業なんかはとても刺激的、けれど反対に教授が気持ちよく喋っているだけの授業にはほぼ出てないです。

――そこがいま大学の苦しいところだね。これまで大学は過去の知識をカタチにして伝えるという場だったわけだから。ただし、それでは社会にでてから使えないじゃんという話になる。だから白熱教室みたいなものが話題になるけれど、これができる先生というのは限られてくる。うめけんさんみたいに高校を自分で飛び出して、守破離の離にまで来ている人がもう1回大船に乗るかというと……、乗らないよね。

僕、入学式のとき、ここ1年で一番で重い気持ちになったんです。学籍番号を振られたとき。自分を面で扱われたことで、「ああ、また日本社会の構造に戻ったんだ」と思った。本当に強い意志を持ってすごさないと、このまま就職活動へ……なんていう道に進んでしまうかもしれない。それでは絶対につまらないなぁと。

――そうだね。名刺を逆転させたいね。「インディゴブルーの柴田です」ではなくって、「柴田」で「インディゴブルー」にいるのです。って、いうほうが正しいと思っていてね。それが現状は、子どもの頃から●●小学校の●●です、●●中学校の●●ですって名乗り続けて、そのまま大企業の●●ですとなってしまっている。

そのほうが楽だなっていうのは分かるんですよ。今僕がなにかしでかしても慶應義塾大学っていう冠が守ってくれるし、会社もそうだと思うんですよ。

――そのほうがマスコミ的には大きく報道すると思うけれどね(笑)。

まあそうなんですけれど、組織にいることの恩恵もあると思う。でも僕は、うん。……宣言しよう、就職したくないなぁって、ものすごい思うんです。

――もう起業してるんだから、就職とかいう世界ではないでしょう。

でも一度就職してみろっていう声もあるだろうし、使われる立場になってみろと言われることもある。けれど、それは自分には必要ないかなぁと思っている。いろんな人と触れていて、大学に行って就職をするのが向いていると感じる人もいる。一緒に仕事をしているパートナーにもそう感じる人がいます。けれど自分はそちらではないんだと思う。