2022年6月に「AV出演被害防止・救済法」いわゆる「AV新法」が施行され、AV業界に激震が走っている。何が問題になっているのか。ノンフィクションライターの中村淳彦さんは「新法は40年間の歴史あるアダルトビデオ産業の継続に黄信号が灯る、あまりに厳しい内容だった。決まっていた撮影は続々中止になり、失業状態のAV女優たちはSNSで生活の危機を訴えている」という――。

※本稿は、中村淳彦『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(祥伝社)の一部を再編集したものです。

ぼやけた画像
写真=iStock.com/golibtolibov
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決まっていたAVの撮影が全部中止

仕事はたくさんなくなったけど、今回の新法は大丈夫です。コロナのときに自殺未遂を乗り越えたから、もう死にたいとかにはなりません。

ひさしぶりに会ったフリーAV女優・金苗希実(29)は、そう語り出した。

通称「AV出演被害防止・救済法」(以下「AV新法」)が2022年6月15日に成立した直後の6月19日、彼女はツイッターに、

7月決まってたAVの撮影が全部中止…
AV新法で女優が守られるどころか仕事が無くなって現役の女優たちが苦しむ構図って誰得なん。。

と投稿した。その投稿は瞬く間にバズって1万9000リツイート、5万9000いいね! がついた(2022年12月23日時点)。

彼女は3年前、新型コロナウイルスの蔓延によって続々と撮影が中止となったことを苦に自宅で自殺未遂を起こしている。オーバードーズ(薬物の過剰摂取)で記憶がない中でリストカットを繰り返し、朝方に昏睡こんすい状態になっていたところを友人に発見され、救急搬送された。

今回のAV新法では、「契約から1カ月間の撮影禁止」「すべての撮影終了から4カ月間の公表禁止」「作品の公表から1年以内の無条件取り消し」などが明文化された。

すでに斜陽のAV業界に致命的なダメージを与えることは間違いない厳しい内容で、AV女優という職業も存続の危機となることが予想された。

件のツイートが引っかかっていた筆者は、SNSで彼女に連絡をとった。

AV新法の施行から半年が経ち、その影響が見えてきた中、彼女の自宅近くの新宿歌舞伎町に会いに行ったのがいまである。

歌舞伎町はヤクザが衰退し、Z世代の若者だらけだ。夜になると若者たちで溢れかえる街に変貌している。

29歳の金苗希実はいまの歌舞伎町では高年齢層であり、人だらけのドン・キホーテ横で待ち合わせたが、すぐに見つかった。ドン横近くにあるパパ活カップルだらけの喫茶店に向かう。

予想通り、AV新法はAV女優やAV業界に大きな影響を与えた。

社会の俎上そじょうに載せられて法規制されたことでアダルトビデオ産業はまわらなくなり、AV新法をめぐって様々な対立と分断が生まれていて、現在進行形で混乱を極めている。

向かい合った金苗希実の語りに耳を傾ける前に、新法によって生まれた混乱の解説をさせてほしい。いまのAV新法をめぐる業界の現状や未来、人々の対立や分断の現状を知るためには基礎知識が必要である。解説は少し長くなる。